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福島の甲状腺がん検査の闇1:行政と学会は検査を擁護する誤った情報を流布して健康被害を拡大させている

福島県では2011年の原発事故当時18歳以下だった子どもたち全員を対象に、数年に1回の甲状腺超音波検査を実施しています。子どもの甲状腺がんは百万人に数人という極めてまれな病気です。ところが検査開始後、子どもたちに小さな甲状腺がんが次々に見つかり、現在までに300人以上の子どもや若者が甲状腺がんが発見されてその大半が手術を受ける、という大変な事態になっています。

この現象は「過剰診断」というものです。過剰診断とは、生涯にわたり何の害も及ぼさない、治療の必要のなかった病変を病気と診断してしまうことです。甲状腺がんと診断された子どもたちのほとんどが、検査を受けなければなんの問題もなかった人たちであると考えられます(①)

甲状腺がんの過剰診断には、治療を要さない病変の手術を受けてしまう、がん患者と見なされることによる様々なハンディを負う、等の深刻な健康・人権問題を伴います。同様の事態は、甲状腺超音波検査が積極的に行われた2000年代の韓国でも報告されています(②)。福島のこの事態を受けて、WHOのがん専門部会であるIARCは「原発事故後でも甲状腺スクリーニングはするべきではない」という勧告を出しており(③)、また国連UNSCEAR, SHAMISENなどの国際専門家機関も、福島の甲状腺検査に伴う過剰診断の健康被害について警鐘を鳴らしています(④、⑤)。

ところが、福島の甲状腺検査は開始時と全く変更なく今も継続されており、その結果、健康被害は拡大し続けています。その最大の理由は、今まで検査を推進してきた福島県・環境省・福島医大・甲状腺関連学会という力を持った組織が過剰診断の被害の存在を認めようとしないからです。いくつかの報道機関、たとえばTBSなどは「福島県は甲状腺検査が過剰診断を引き起こしていると言って甲状腺検査を止めようとしている」という報道をしましたがこれは誤りです(後日TBSも誤報であることを認めました)(⑥)。以下にこれらの組織が過剰を診断の被害を認めていない証拠を示します。

1.福島県・福島医大

・住民に対する検査の説明において「原発事故後でも甲状腺スクリーニングをすべきでない」というIARCの勧告や「過剰診断」という言葉を一切伝えようとしません。

・「甲状腺検査を開始したのは正しい判断であり今後も継続すべきである」とした文書を作成しています(⑦)。

・住民に「甲状腺がんの早期診断はメリットがある」「過剰診断は対策済み」等の科学的に誤った情報を伝えています(⑧)。

・福島医大が主催したシンポジウムで2回にわたってIARCの提言が改竄されて報告され、福島医大の教授らが、福島で実施されているのは甲状腺スクリーニングではなくモニタリングだと主張し、検査を擁護しました(⑨)。

2.環境省

過剰診断に対する対応を問われた環境大臣が「過剰云々は自分の関与することではない」と関わることを拒否しました(⑩)。

3.甲状腺関連学会

・日本甲状腺学会は2018年から、福島で甲状腺がんが増えているのはスクリーニング効果またはハーベスト効果であり、過剰診断・過剰治療は起こっていないとする内容を公式の専門医ガイドブックで会員に教育しています(⑪)。

・日本甲状腺学会雑誌事件
日本甲状腺学会雑誌編集委員会は2021年に過剰診断問題についての特集号を発行し、そのなかのいくつかの論文は福島の甲状腺検査についての懸念が記載されていました。これに対して学会理事会は直ちに広報を出し、「過剰診断を懸念するのは一部の人の意見」「過剰診断は対策済み」「今後も検査を支援する」と特集号の内容を実質的に否定する見解を表明しました。その後、理事会から編集委員会に指導が入り、編集委員たちの同意なしに次の特集号が発行されることになりました。その特集号では「過剰診断は対策済み」「福島では通常の臨床癌のみが治療されていた(つまり過剰診断は一例もない)」との論文が掲載されました。理事会のこのような高圧的な対応に対して、学会員から公開の議論を求める声があがりましたが、理事会は回答をしませんでした(⑫、⑬)。

・2022年、日本内分泌外科学会雑誌に「過剰診断などといっている人たちは迷惑だ」とする、福島の甲状腺検査に反対する意見を発することをけん制するような論文が掲載されました(⑭)。


このように、福島県・環境省・福島医大・甲状腺関連学会は、子どもや若者の健康被害を拡大させている検査を止めようとするどころか、現在世界で科学的に正しいと思われるのとは異なる情報を流布し、そのように教育された人を増やすことで検査継続に不利な情報が拡散するのを防いでいるようにみえます。そして「県民に寄り添う」「子どもたちを見守る」ため、という抽象的な説明で検査をさらに推進しようとしています。これは”福島の検査の闇”と表現してもよいのではないでしょうか。福島の子どもたちは検査の危険性を認識することなく、今も学校で健康診断のように検査を受けています。行政や学会がそこまでして検査を継続しようとする動機は何なのでしょうか。次回のNoteで考察してみます。


①    2020年 東電福島第一原子力発電所事故による放射線影響に関する報告書
https://www.unscear.org/unscear/uploads/res/areas-of-work/fukushima_html/UNSCEAR_Brochure_-_Single_Page_-_incl_fonts_JP_v4.pdf

②     韓国の教訓を福島に伝える――韓国における甲状腺がんの過剰診断と福島の甲状腺検査/Ahn hyeongsik教授・Lee Yongsik教授インタビュー / 服部美咲 - SYNODOS 
https://synodos.jp/fukushima-report/21930/ 
③    環境省_国際がん研究機関(IARC)専門家グループの提言 (env.go.jp)
https://www.env.go.jp/chemi/rhm/current/03-07-21.html
④  UNSCEAR 2020 Report
 unscear.org/docs/publications/2020/UNSCEAR_2020_AnnexB_AdvanceCopy.pdf
⑤ Recommendations and procedures for preparedness and health surveillance of populations affected by a radiation accident SAMISEN
https://www.irsn.fr/sites/default/files/documents/actualites_presse/actualites/IRSN_Shamisen-recommendation-guide_201709.pdf 
⑥    TBS『報道特集』「原発事故と甲状腺がん」の問題点 語られなかった科学的事実【前編】|NEWSポストセブン (news-postseven.com)
https://www.news-postseven.com/archives/20220626_1767069.html?DETAIL
⑦   甲状腺検査に関する中間取りまとめ
https://www.pref.fukushima.lg.jp/uploaded/attachment/174220.pdf
⑧    Note 「福島県の甲状腺検査について県の住民に対する『説明』の問題点」
https://note.com/mkoujyo2/n/n740dfe34d227
⑨    Note 「福島の甲状腺検査はIARC提言のモニタリングであると専門家が説明したことについて」
https://note.com/mkoujyo2/n/n7a53db6186f8
⑩ Note 「福島県は認めていない TBS「報道特集」 2022年5月21日 【原発事故後300人 原発事故と甲状腺がん 関係は?】についてのSCOの感想」
https://note.com/mkoujyo2/n/n72c633863ebd
⑪   Note 「日本甲状腺学会は会員に「福島では過剰診断が起こっていない」と教育しているー世界の知見から大きく外れた、『甲状腺専門医ガイドブック』」
https://note.com/mkoujyo2/n/n65e3ad3a11d7
⑫   Note 「日本甲状腺学会雑誌「甲状腺癌の過剰診断を考える」の号をめぐる経緯」
https://note.com/mkoujyo2/n/ncbcc9980b2d3
⑬   Note 「第65回日本甲状腺学会学術集会でなにがあったか」
https://note.com/mkoujyo2/n/ne706ca944dac
⑭   「特集1.震災後10年を経た福島での甲状腺検査について」によせて (日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌2022 年 39 巻 1 号 p. 1)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jaesjsts/39/1/39_1/_html/-char/ja