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日本甲状腺学会は会員に「福島では過剰診断が起こっていない」と教育しているー世界の知見から大きく外れた、『甲状腺専門医ガイドブック』

どうして甲状腺の専門家から、福島の過剰診断を懸念する声が聞こえて来ないの?これは、SNS上でこれまでよく出てきた疑問です。一般の方々にとっては信じがたいかもしれませんが、実は日本甲状腺学会は会員に向けて公式に「福島では甲状腺がんの過剰診断は起こっていない」と教育しているのです。

問題の本はこれです。
甲状腺専門医ガイドブック 改訂第2版 診断と治療社(2018年)
 https://www.amazon.co.jp/ 甲状腺専門医ガイドブック-改訂第2版-日本甲状腺学会/dp/4787823884

この本は甲状腺専門医を目指す医師に向けて知っておくべき必須の知識を、日本甲状腺学会がまとめた公式ガイドブックであるとされています。すなわち、甲状腺専門医の資格を取るためにはこの本に書いてあることを覚えないといけないのです。実際、甲状腺専門医試験を管轄する学会の専門医制度委員会委員会からは甲状腺専門医の試験はこの本に準拠して作成すべし、という通達が出ています。

実は、この本には「福島では過剰診断は起きていない」と明記されているのです。
 具体的にその記述を見ていきましょう。

Ⅴの3 『福島県 県民健康調査における甲状腺検査後の小児・若年者甲状腺癌について』(351~355ページ)
ここに「過剰診断理論」という項目があり、
「一生取らなくていいものを発見し切除しているという過剰診断・治療がなされているのでは、という意見があり、検査の縮小を唱える人も出現した。過剰診断・治療ではないと思われる理由は以下の通りである。」として、以下の5つの根拠が書かれています。

1 福島の病理診断は米国のようなNIFTPなど境界病変を悪性に含んでいない。
2 すでに過剰診断を意識した診断基準がある。
3 韓国と違い、小さなものには細胞診をしていない。
4 切除例の10mm以下は浸潤型およびリンパ節転移例のみである。
5 できる限り全摘を避けている。

甲状腺専門医ガイドブック 改訂第2版 診断と治療社(2018年)『福島県 県民健康調査における甲状腺検査後の小児・若年者甲状腺癌について』より

甲状腺がんの過剰診断は国際的に問題になっており、世界中の専門家たちが頭を悩ましています。特に無症状の人を対象に超音波検査を行うスクリーニングでは過剰診断が高率に生じるため、行うべきではないと言われている状況です。ところが、福島ではあれほど大規模なスクリーニングを実施しているのに過剰診断は起こっていない、というおどろくべき主張が記載されているのです。

しかしこれらの主張には誤りや誤解を招く表現があります。前述の5項目ごとに、それぞれその問題点を示します。

1、 子どもでは境界領域の症例はまれです。
2、3は福島県や福島医大の甲状腺検査の説明書にも書いてある、「診断基準を厳しくしているから福島では過剰診断は起こらない」という主張です。しかし、それを裏付けるエビデンスは一切ありません。2と3に記載されていることが事実なら、なぜ福島の甲状腺検査での甲状腺がんの罹患率が30-50倍にもはねあがっているのでしょうか。
4.転移しているから過剰診断ではない、というのは過剰診断に関連する誤解のひとつです。特に甲状腺がんの場合、転移があるからと言って過剰診断ではないとは言えませんし、過剰診断が蔓延した韓国でも症例を検討すると転移は高頻度で認めていました。
5.部分切除であっても本来治療が不要な過剰診断を手術したのであればそれは過剰治療です。縮小手術で過剰治療が予防できるわけではないですし、過剰診断過剰治療の被害が無くなるわけではありません。

過剰診断を理解されていない方が書かれたのではないか?と、思われるような、現在の世界の知見からはかけ離れた主張が書かれています。

非常に危惧すべきことは、このようなWHOのIARCやUNSCEARの報告とはかけ離れた内容が専門医受験用のテキストに記載され、少なくとも2018年以降は、それを学び、そのように答えることを、学会が専門医になろうとしている人に求めているという点です。

どうしてこんなことになってしまったのか。学会理事会のメンバーは、学術的な正確性より、検査を推進してきた自らの立場を悪くするような情報が広がらないようにすることを優先したのではないかと考えざるを得ません。このガイドブックの福島の甲状腺検査に関する記載は、専門医として知るべき科学的知見ではなく、学会の単なるプロバガンダになってしまっています。このような世界の科学的な知見からはかけ離れた内容を学ぶことを求めるのは、学会としていかがなものでしょうか。