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福島県の甲状腺検査について県の住民に対する『説明』の問題点

2022年2月9日に国会で、参議院議員の音喜多駿氏が環境副大臣の務台俊介氏に福島の甲状腺がんの過剰診断問題について質問し、務台氏と環境省の官僚は「今後も県民に検査のメリット・デメリットを説明しながら検査をやっていく」と回答しています。では、これまで福島県民に検査のメリット・デメリットは正しく説明されてきたのでしょうか。実は、検査の説明については大きな問題がいくつもある、とこれまでも繰り返し指摘されてきたのです。簡単におさらいされたい方はSCOのアニメもご覧ください( https://www.youtube.com/channel/UCidIbPEd-dQb4y2MApWg9eA/videos )。

1.そもそも県民は説明文を読んでいない・読んでも分かりにくい

福島県民の実際の声が若年型甲状腺癌研究会のシンポジウムの座談会で聞けます。
(福島県民の声 過剰診断の不利益のリンク   https://www.youtube.com/watch?v=ZdHd6YjHrkc
この座談会で県民は次のようなことを言っています。「説明文は読んでなかった。」「勉強会で初めて過剰診断の問題を知って衝撃を受けた。」
実際、アンケートを取ると県民で甲状腺検査に害があることを知っている人は1割程度しかいません(リンク)。
(福島の甲状腺検査当事者はどう思っているの?第41回県民健康調査アンケート資料のまとめ https://note.com/mkoujyo2/n/na18e37ba9717
これで十分説明してきた、と言えるのでしょうか。動画の中で最も大切な意見は次の言葉です。「学校で、受けるのは当たり前、のようにやっておいて、説明文だけぽんと渡して後は自己責任、と言うのはちょっとあんまりではないか。

2.福島県が説明文書として使用している「検査のメリット・デメリット」には重大な問題がいくつもあります。

(福島県・福島県立医科大学 福島県「県民健康調査」甲状腺検査 検査のメリット・デメリット
https://fukushima-mimamori.jp/thyroid-examination/uploads/merit_demerit_booklet_01.pdf

スクリーンショット 2022-02-15 14.04.11

①説明文でメリットとして書かれていることはすべて間違いです。


(1)について
甲状腺検査の実施によって不安が解消されている、というデータは存在しません。福島県がこのような記載をする場合は、きちんと調査をしてデータを出し、学術界の国際的な評価を経てから載せるべきです。実際は逆に検査で甲状腺がんの数が増えた、と伝えられるたびにネット検索で甲状腺がんの検索が跳ね上がり、不安や風評被害の拡大につながっている、という情報があります。また、検査は患者の健康状態を改善するためにするもので、そのエビデンスなしに不安の解消だけのために検査をすることは、医学的には通常認められない行為です。

(2)について
早期診断、早期治療でその後の経過が良くなる、と書いてありますが、そのようなデータは存在しません(むしろ再発が増える、というデータがあります)。データが無いことをこのような形で県民に伝えるのはいかがなものでしょうか。

(3)について
県民が検査を受けることでデータが集積されることは県がメリットと考えているだけであり、対象者本人にとってのメリットではありません。本来ここに書いてはいけない内容です。
これらの根拠のないメリットを書いてしまったのは、恐らくメリットとして書くことがあまりに無いからだ、と考えられます。

②デメリットの説明が分かりにくい。


(1)、(2)
「将来的に症状やがんによる死亡を引き起こさないがんを診断し、治療してしまう可能性があります」「心理的負担の増大、社会的・経済的不利益が生じる可能性があります」とだけ記載がありますが、これで過剰診断の重大な被害を具体的に想像することができますか? これは「過剰診断」という用語の使用を避けたために発生した問題のように見えます。まず過剰診断と言う医学用語の意味をきちんと説明した上で、過剰診断が起こるとどんなマイナスが起こるのかを具体的に説明する必要があります。

③さらに、上記のデメリットに対しいかにもデメリットが解消されているかのような、そして科学的に根拠のない追加説明が加えられていて、結果的に検査を勧奨する形になっています。


「治療の必要性が低い病変ができるだけ診断されないよう対策を講じています。」と書いてありますが、この対策で過剰診断の被害が避けられるというエビデンスは存在しません。むしろ対策を取っていても甲状腺がんの罹患率が桁違いに跳ね上がっているのですから、対策がうまくいっていない、ということではないのでしょうか。
また、福島県立医科大学の手術例では合併症の出現が低い、と手術を受けても問題が少ないかのような記載があります。しかし、比較対象はチェルノブイリ事故後のベラルーシです。30年前の医療体制の貧弱であった共産圏の崩壊直後の旧ソ連の国と比較して、成績が圧倒的にいいですよ、と言われても困ります。

④県民に伝えるべき、「過剰診断」「IARCの提言」の2つの事項の説明がない。


過剰診断、という言葉は一回も出てきません。また、原発事故後に甲状腺の一斉検査はしてはならない、とするWHOのがん専門部会IARC (アイアーク)の提言(これは、環境省が国民の税金を使ってWHOに検討を依頼したものです)も出てきません。福島県の有識者会議ではこれらを県民に説明すべきだ、と県に何度も要求した専門家もいました。しかし、「県民が検査に不安を感じる恐れがある」という理由で却下されています。自分が危険に晒されているかもしれない、という情報を県民に伝えようとしないことが県民のためになる、と県は考えているのでしょうか。

本来であれば過剰診断の説明をしっかり行って、全体としてデメリットの方が圧倒的に大きく、現時点では甲状腺検査を受けることは推奨されていないと説明すべきだと思われます。しかし、上記のように、現行の説明文は、検査の対象者に対する説明文としてはかなり非常識なものです。この原文は福島県・福島医大が作成したものですが、福島県の甲状腺評価部会に提出された際、専門家の先生方から批判の声があがり、結論を出すことができませんでした。その際の議論はこちらをご覧ください(第12回 甲状腺検査評価部会 議事録 https://www.pref.fukushima.lg.jp/uploaded/attachment/322251.pdf)。

結局、「座長預かり」という形になり、最終的に専門家たちの合意がないまま、ほぼ県が提出した原案通りで採用されています。

また、福島県はこの文書は福島県立医科大学の倫理委員会の承諾を受けている、という説明でこの説明文を正当化しています。しかし、医学研究の倫理審査を経験した先生方に伺うと、「問題点が多すぎて、普通は審査を受ける前に書き直しを要求されるレベルの内容」とおっしゃいます。県立医大の倫理委員会でどのような考えで審査がなされたのか、という点も検証される必要があるでしょう。


福島県、環境省が過剰診断の抑制に取り組み、被害者の救済をするためには、まず過剰診断の被害の存在を認める必要があります。しかし、これまでのところ過剰診断の被害を認めるどころか、県民に対する説明文書では「過剰診断」という用語そのものが削られてしまっている状況です。医療行為や研究調査をする上では、対象者の人権に配慮し医学倫理に基づいた正確な情報提供がされることが必須です。現行の状態はヘルシンキ宣言に違反しているのではないでしょうか。その対処が、このようなパンフレットの配布だけでは、行政による子どもの人権侵害の放置と見なされかねません。早急な改善が必要です