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〈偏読書評〉 さまざまな感覚を通して、自分の“座標”に思いを馳せる絵本

6月末に河出書房新社から刊行された絵本『ここは』文を詩人の最果タヒさん絵を及川賢治さん(100%ORANGE)と、人気のふたりによる絵本ということもあり、既にお手に取られている方も多いと思います。

自分はおふたりのサインが入ったサイン本がどうしても欲しくて、都心へと出かける用事があるまで入手するのを我慢していたため、最近になってやっと読むことができました。

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ここは、 おかあさんの ひざのうえです。」の一文からはじまる物語を通して、主人公である「ぼく」は彼のいる場所である「ここ」を、さまざまな視点からとらえていく作品なのですが、この“視点”の描き方がなんとも多様で面白いのです。

はじめは「ここ」を街の中の場所としてとらえる「ぼく」ですが、ページをめくるごとに視点が「ここ」から遠のいたと思えば、いきなりグンと近づいたりもして、なんとも楽しい

さらにページを進めると、「ぼく」は「ここ」を視覚以外の感覚を通してとらえはじめます。「ぼく」が、どの感覚を使って「ここ」をとらえるのかは、ぜひ作品を手にとって確かめてみて欲しいです。自分のいる位置、いうなれば座標を、この感覚でとらえるという発想は自分の中にはなかったので、ものすごく新鮮でした。

そんな「ぼく」による「ここ」のとらえ方の振り幅は、どんどんと広がっていき……どんなラストを迎えるのか、これから読む人は、ぜひ楽しみにしていてください。

刊行にあたって、最果さんと及川さんはWeb河出にて、刊行記念Wエッセイを寄せています。その中で及川さんは……

この親子以外もきちんと描いてあげよう。それぞれ勝手に行動している人たち。床屋の中では誰かが誰かに髪を切られている。道に迷ったタクシーがいつまでもウロウロしている。
「ここ」を描くためには、「ここ以外」をちゃんと描いてあげなくてはと思ったのでした。
その為にいつもよりも細いペンを使い、いつもよりたくさんの色を使った。

……と、書かれています。この言葉の通り、「ここ以外」の描きこみっぷりがすごいのです。しかも「ここ以外」にいる人たちに注目してみると、「ぼく」がいる世界の中で時間が流れているのをありありと感じられるように描かれていて、彼ら(人間だけでなく動物も含む)のストーリーもつい想像してしまうくらいに楽しい仕掛けもあったりするんです。なので読み直すときには、彼らにも想いを馳せてみると面白いかもしれません。

またイラストレーション専門誌『illustration』(玄光社)のブックレビューでも触れられていますが、アリヤマデザインストアによるブックデザインにも楽しい仕掛けがあるので、こちらもご注目を。

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シンプルな言葉でつづられながらも、ふと哲学的な領域にも足を踏み入れる『ここは』ですが、自分が読み終えたときにまず思い出したのは、2017年に京都工芸繊維大学 KYOTO Design Lab で開催された英国王立芸術学院(RCA)+スズキユウリ 共同ワークショップ『谷川俊太郎のラジオ—音と映像のコミュニケーションデザイン』の中で、サウンドデザイナーであるスズキユウリさんが谷川俊太郎さんにされていたインタビューでした。

インタビューの中で、谷川さんはラジオの魅力について、こう語られています。

それはラジオを作ったり、集めたりしてたときからのことなんですけども、ラジオ放送の内容にはあまり関心がなくて。どのラジオ局が聞こえるかということに関心があったんですね。「あ、オーストラリアが入った」とかね、「あ、ロンドンが入った」とかいうのが うれしいんですよ。

自分がちょうど17〜18歳のいわゆる思春期で、いったい自分がどうやって生きていくんだろうとか、そういうふうな時期に僕が考えたのはね、自分の座標っていうことなんですよね。

つまり、自分がどこにいるのか、自分の座標を決めるのに遠い距離のことまで考えちゃったんですね。それで僕の最初の詩が『二十億光年の孤独』という、当時の宇宙の大きさが二十億光年だと言われてたんで。

ラジオに魅力を感じていたのも、遠いところから聞こえる声というのかな、それに何か魅力があったんですね。

この谷川さんのいう“座標”というのが、「ぼく」の「ここ」にリンクするものがあるな、と個人的には感じられました。

また谷川さんの『二十億光年の孤独』は……

人類は小さな球の上で
眠り起きそして働き
ときどき火星に仲間を欲しがったりする

……と、はじまるのですが、『ここは』で描かれている世界の様子と一緒だな、とも感じられて。いや、世界を描いているのだから、当然といえば当然なのですが。

「ここ以外」にはロケットも(しかも、さまざまな描かれ方で)登場するのですが、このロケットが「火星に仲間を欲しがったりする」人たちが飛ばした、火星行きのロケットだったら —— 実は『二十億光年の孤独』へのオマージュみたいなものだったら —— なんだか素敵だな……と、これまた勝手な妄想もしてしまったりもしました。

この“『二十億光年の孤独』へのオマージュ説”は完全に自分の妄想ですが、いま『ここは』を読んでいるお子さんが成長して、親離れや独り立ちをするタイミングで谷川さんの『二十億光年の孤独』を読んだら、なんだか楽しい思考のきらめきが生まれそうな気もしたりします。

妄想に妄想を重ねて、どんどんヤバい内容になっていますが、それくらい『ここは』には思考を巡らしてしまう魅力がつまっていることが伝われば幸いです(伝わってくれ!)

ちなみに最果さんにとって、『ここは』は初めての絵本作品。前述の刊行記念Wエッセイの中で最果さんは……

絵本を書いてみたいと思ったのはだいぶ昔で、でもそれはとても難しいことだと感じていた。(中略)それは能動的にやろうとすればするほど難しくて、結局書けるまで、じっと待っていたように思います。

……と書かれていましたが、ぜひ『ここは』をきっかけに、これからも絵本作品を発表して欲しいなと、いちファンとして願っています。

【BOOK DATA】
『ここは』(河出書房新社) 最果タヒ/文、及川賢治(100%ORANGE)/絵、有山達也・山本祐衣(アリヤマデザインストア)/ブックデザイン 2020年6月30日初版発行 ¥1300(税別)

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