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ハウル

ハウルの動く城が放映されるようで今から意気込んでいる!
なんたってハウルは、夫と結婚する布石のような作品だからだ。


当時大学生だったわたしは、当時の彼とこの映画を観て、あぁわたしの結婚相手はこの人しかいない!と座席で思わず前のめりになるほど感動した。

空がうまく歩けない人の手を取り、歩き方を教えてくれる。
ワガママでコダワリが強くて頑固で信条を持ち
どこまでも人に優しく、
同じくらい深く哀しんでいる。

哀しみが強いほどにヒトから離れて暮らしている。

しかし滾る熱量は膨大で、どこにいようと否応無く目立ってしまう。

だから何度となく傷付き、助けようと近寄る人を圧倒的な智と先見の明で、その人の中を暴き、また手離すのだ。
その孤独が、強さと優しさに見えない人と、わたしは仲良くはなれない。


変わり者同士が出会えたその日は、ある初夏の夕刻前、この世で唯一のこの世でない時間帯だった。
その時間のことを、影がない時間、とわたしは呼んでいた。

どういう訳か、太陽高度となんらかの条件でのみ発生するその時間を、わたしは、境界線の時間だと感じている。
化けの皮が剥がれる。
取り繕うものがすべて無くなり透明な膜すら消えて、人が狸に、狐が人に、お巡りさんが若者に、交通整備のおじさんがお人形になる。
東京の雪崩のような横断歩道の中ですれ違う人たちや建物の、すべてが蝋に変わる。

たかが影がないだけで。
その時間は本当に一瞬で、すぐにピーターパンを見つけた影は宿主の足元へスルリと戻る。
少し迷子になってたよ、と冷や汗をかきながら。


人と出会うとき、いつもいつかは暗号を投げてしまう性質がわたしにはある。
それはイジワルな挑戦的なわたしだけのルールで行われる秘密の遊び。必ずどこかでやってしまう。
1番油断してるときに、そして好きだと感じたときに、ねえわたしこんな人だけど、と、なんの細工もないシンプルで目立たない暗号を提示する。
かれはそれをすぐに拾った。
その時点で、あ繋がったとおもった。

この人は仲間だ。


それからすぐにわたしたちはモンスーンカフェで食事をし、深海魚話と木材話を交換した。
分けた取り皿から、素早くかきこんだ。

食事のあと、大使館が立ち並ぶ道を、かれはわたしより数メートル先を歩いた。
なんでこんな所に連れてこられたのか、と不思議だったが、さらに不思議な行動をする彼から目を離せなかった。
もうわたしのことなんて忘れて、その人は好きなものに囲まれる喜びを味わっていた。
わたしは邪魔しないように空気を吸った。
これは暗号だ、とわかった。

出会ってしまった、ついに、ハウルに。

確信はみるみる深み、わたしたちは同じワンルームに帰るようになり、まもなく同じ苗字になった。


恋がいつか終わるなんて誰が言ったのだ。
それは深まるだけで、その本質は変わらない。
毎日が地続きではないことを、もう生きてきて知っている。
いつだって終わるときは容易く、為すすべもなく終わりに押し出される。
恋が終わるようにどんな山場があっても、わたしたちはモールスを光らせながら、位置を確認し合う。


まだおまえはそこにいるのか?


何年も経っても、彼は笑って、わたしを巻き戻す。
「ほら、影がなくなったよ」

そうだね。
そして影がないときもあなたは変わらない。
あなたは何も変わっていない。わたしも。


ハウルは自分に必要なものだけを、不細工で不器用な足取りで、器用に石を避けて、必ず手にして歩いている。

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