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ベルト:浮気

私は、飲食店でウェイトレスをしている。

3年ほど前にマッチングアプリで知り合った

「青木」という男性とお付き合いしている。

彼には大きな夢があり、

今の仕事で資金を貯めたら、

東京で起業をするといつも言っている。

「どんなことで起業するの?」

と聞いても、青木は

「今はまだ内緒」

と言われたので、深くは聞かないことにしている。

ポジティブな性格に惹かれて付き合ったものの

後先考えているのか正直「不安」ではある。

その不安は、日に日に「不満」に変わっていった。


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不安と不満は全く別物だ。

不安は、自分に向けられた感情であり、自分でコントロールできる。

不満は、相手に向けられた感情であり、自分ではコントロールできない。

青木はがむしゃらに働くまじめさをもち、

朝から深夜までクタクタになるまで走り回り、

帰宅後は、スイッチが切れたルンバのように眠る。

頑張る彼をみるのは好きなのでそれはいいのだが、

家賃10万の部屋を勝手に契約したり、

不動産投資で借金をしたり、

私に相談もなしに行動する彼を見て、

流石に嫌気がさしていた。


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私は、青木の同僚「秋山」と浮気をしていた。

青木への不満が限界に達したことが原因だが、

別れを切り出せない私は、

浮気を選択した。

秋山は、私と青木の事情も知っているし、

青木のシフトを把握しているので、

浮気相手としては適任だった。

そんな私の策略も理解した上で、

秋山は容認してくれている。

そんなある日、事件が起きた。


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午前10時頃、秋山から着信があった。

私は仕事中だったので、

昼休みに折り返すことにした。

「もしもし?ごめん、仕事中で出られなかった。どうしたの?」

「青木が、自殺した」

突然のことに、思考が停止した。

こんな冗談、秋山は言わない。

心臓がドクドクと音を立て、必死に脳へ血液を送っている。

「私のせい?浮気がバレたの?」

この期に及んで、自分の心配をしている。

なんて汚い人間なんだと、

自分を嘲笑する気すら起きない。

「いや、浮気はバレていないと思う」


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秋山の話によると、

寄宿舎のトイレのドアを開けた時、

「ドスッ」という重い音がしたので、

床に目をやると青木が倒れていたという。

すぐに救急車と警察を呼んだが、

心肺停止から時間が経過しており、

顎が硬直していた。

そのため、病院へは搬送されず、

警察が引き継いだ。

第一発見者である秋山は、

1時間程度の事情聴取で済んだという。

警察は、会社の労働環境に原因があると睨んでいるようで、

社長をこっぴどく問い詰めていたと、

秋山は他人事のように言う。


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「とにかく、原因は俺たちじゃない」

秋山は、罪悪感を微塵にも感じていない様子だ。

私としては、

別れたいと思っていた青木がいなくなり、

「浮気のしやすさ」というメリットだけで付き合っていた秋山と、

今後も一緒にいる必要性を感じなかった。

青木の時とは違い、別れを告げる事情もある。

「ごめん、青木のことを考えると、このまま付き合っているのは辛い…別れよ?」



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秋山と別れてから、

青木の自殺について考えることにした。

秋山は「浮気はバレていない」と言っていたが、

それはあくまでも、希望的観測に過ぎない。

青木が知らなかったなんて確証は、

全くないのだ。

ただ、仮に浮気がバレていたとしても、

自殺をするまで私を溺愛していたとも思えない。

考えれば考えるほどわからない。

ネガティブな考えばかりが、

脳内をぐるぐる回っている。

頭が煮えくりかえり、死にたくなってくる。

…そこで私は、ふと思った。

「こんなことで、死にたいって思うんだ」


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