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ベルト:無関心

私の息子は、高校を卒業して東京へ旅立った。

「東京で起業したい」

と言う息子に対して、

「自分のやりたいようにやりなさい」

と言って送り出した。

今思うと、

ろくに話も聞かずに

責任を放棄した自分が憎々しい。

私が即答で容認した時、

息子の目は薄墨色になった。

きっと落胆したのだろう。

露ほどの興味すら示さなかった

私の対応に…


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東京に行った息子に連絡をしても、

虚しい音声案内が鳴るだけだった。

もちろん、息子から連絡が来るわけもなく

私と妻は不安な日々を過ごした。

妻は看護師だったが、

息子のことで仕事が手につかず、

長期の年次休暇をとった。

優しさに溢れた顔は日に日にやつれ、

眉間に皺が定着するようになった。

そんな状態から数年たったある日、

事件が起こった。


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仕事帰りに突然、私のスマートフォンが鳴った。

「022…」

仙台の市外局番だった。

夜空に揺れる星々の微かな震え、

未知の旋律が心にそっと響き渡る。

「もしもし?」

「あ、夜分遅くにすみません、青木さんのお父様ですか?」

電話の先は、礼儀正しい中年男性だ。

「はい、そうですが」

「はじめまして…澤口と申します。息子さんの上司をしております。」

上司?息子は仙台で働いていたのか。

それにしても、声のトーンが著しく低い。

息子が何かやらかしたのか…

「はじめまして、息子がお世話になっております。どうされたんですか?」

「大変申し上げにくいのですが…息子さんが、会社の宿舎にあるトイレ内で、首を吊っているのが発見されました…」


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上司の話によると、

息子はベルトで輪を作り

トイレのドアに挟んで自殺を試みたのだという。

発見して即座に、消防と警察に連絡し、

その後、私に連絡をしてきたとのことだ。

普通このようなことは、

警察から知らされるものだと思っていた私は、

この上司に対して疑念を抱いた。

しかし、突然の出来事に対して、

ただただ相手の言葉を耳に入れるだけで

精一杯だった。

「ご連絡ありがとうございます…」

耐えきれず、逃げるように電話を切った。

「妻になんと話そう…」

抜け殻になった私の脳に

最初に込み上がった感情は、

息子への悲しみより先に、

妻へ事実を伝える恐怖だった。

親としての無責任さに嫌気がさす。


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息子は幼い頃からスポーツが得意で、

運動会でもリレーの選手だった。

はじめのうちは褒めていたのだが、

当たり前のようになんでもできるため、

時期に褒めることをやめた。

そればかりか、

「運動なんかより、勉強をしなさい」

などと口走るようになった。

あの時の息子の悲しそうな目は、今でも忘れられない。

そんなことを考えていると、

息子が自殺した原因は、俺なんじゃないか?

息子を殺したのは、俺なんじゃないか?

という疑念がふつふつと込み上げてくる。

失ってから気づく自分の愚かさ…

そんなことを思いながら

帰路に向けて足を踏み出すが、

家は遠く、アスファルトが近く感じる。


ーーーーーENDーーーーー

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