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ベルト:自責

俺は地方の高校生。

一人っ子ということもあり、

親からはだいぶ甘やかされて生きてきた。

ただ、ある日を境に

俺への関心は薄れ、

何も口出ししなくなった。

少し悲しいが、慣れると楽なものだ。

勉強はできる方ではないが、

運動は何をやっても人並み以上にはできる。

周りからは「とっつきやすく、明るい性格」

と思われているが、

実際のところ

根暗なやつだと思われないために

努力している。


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俺には夢がある。

「空き家再生ビジネス」だ。

最近ニュースで、

古い空き家の管理がままならず、

行政代執行によって空き家を取り壊すというのを見て閃いた。

そして、高校卒業と同時に、東京に向かうことにした。

一人息子が突然、

「東京で起業する!」

なんて言ったら、

流石の親父も血相を変えて

怒鳴り散らしたりするのかな?

とか思ったけど、

「好きにしなさい」

の一言だった。

正直ショックだったけど、

親父の目に涙が滲んでいるのをみて、

親父なりの精一杯だったと思った。

翌日、俺は東京に向かった。


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高校卒業して起業するなんて

無謀なことくらい俺でもわかっていた。

だが、エックスで知り合った数名と

「空き家再生ビジネス」について

計画をしっかり練った。

その中には社会人もいて、

資金も十分あった。

古い空き家を仕入れては、

リフォームして売る。貸す。

シンプルではあるが、

なかなか需要があった。

軌道に乗り始め、

1年目の年商は3000万円だった。

しかし、2年目から

リフォームに対するクレームや、

インフラ設備の不具合、

耐震性能の問題など、

顧客からのクレームが矢継ぎ早に飛んできた。

うつ病になってしまった仲間もいる。

そんなある日、

仲間の1人が金を持ち逃げし、

残された俺たちは路頭に迷った。


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翌年、俺たちの空き家ビジネスは倒産した。

諦めきれなかった俺は、

アルバイトで生計を立てつつ、

再建しようと試みたが、

失敗に終わった。

プライドを捨てて、実家に逃げ帰ろうと思い

なけなしの金で新幹線の切符を買って乗り込んだ。

新幹線の走り出しと同時に、

頭の中で様々な思いが巡った。

信頼する仲間の裏切り、

顧客からの心無い怒号、

努力と絶望と挫折…

無限の思考の海に身を委ねていると、新幹線が停車した。

「もう仙台か、はやいな」

人類の発展は目まぐるしい…俺なんかが、人類を名乗って良いのか?

などとくだらないことを考えていると、

ある広告が目に入った。

【求む!若きドライバー】

運送会社の求人募集だ。

気がついたら俺は新幹線を降り、

広告を握りしめて仙台駅を後にしていた。


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運送会社の面接を受けた。

その会社は従業員8人の、

小さな会社だった。

俺は昔から群れるのが苦手で、

少人数であればあるほど良かった。

面接ではなかなか痛いところをつかれたが、

嘘をついてうまくいった試しがないので、

淡々とありのままを答えた。

正直、落ちたら落ちたでしょうがないと思っていた。

しかし、なぜかすんなり採用され、

翌日から出勤するように言われた。

寄宿舎に泊まるよう勧められたが、

そういう雰囲気があまり好きではなかったので、

断って会社を後にした。


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断ったはいいが、金がない。

寝泊まりする場所を探さなければ…

とりあえずレストランに入って、

腹ごしらえをしながら計画を練ることにした。

「いらっしゃいませ」

声をかけてきた店員は、

20代くらいの、眼鏡をかけたふくよかな女性だった。

家に帰ればポテチを食べながら、コーラを飲んで横になっているのが目に浮かぶ。

正直あまりタイプではなかったが、

紳士的に声をかけて、

自宅に招待されることになった。

その日から、俺と彼女は

付き合うことになった。


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月日が経ち、あることが発覚した。

彼女が浮気をしている。

相手は、同僚の秋山。

これは、俺にとっては好都合だった。

そもそも彼女のことは好きではなかったし、

かと言って、別れを切り出すのも気が引けていた。

彼女から別れを切り出してくれれば、

晴れて自由の身になれると思った。

だが、なかなか別れ話に発展しないので、

夜は遅く帰り、セックスを避け

彼女の嫌がる行動を取ったりもした。

…俺は一体何をやってるんだ?


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そんなある日、

社長からご飯に誘われた。

突然のことすぎて、少し困惑したが

断る理由も特になかったので、

了承することにした。

店内は古臭くて、実家を思い出す。

まぁ、嫌いではない雰囲気だった。

店員は「いらっしゃい」の一言もなく、

そっけない感じであったが、

内向的な俺としては、逆に肌に合っていた。

席についてコップの水を一口飲んだ後、社長が口を開いた。

「仕事はどうだ?」

威圧的ではなく、親父のような語り口だった。

「楽しいです!忙しいのはその通りですが、やることがあるのは幸せなことです。」

本心だった。

仕事にはそれなりにやりがいを感じ、仕事が終わった後の疲労感も心地よく感じていた。

だが、社長は信じていないようだ。

「疑いの目」には昔から敏感で、

その目を向けられると、自分の汚点を探す癖がある。

そう思った時点から、なんでもなかった時間が

地獄の時間に変わった。

…早く帰りたい。


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社長と別れて、帰路につく。

アパート手前の交差点で信号待ちをしていると、

スマホの着信がなった。

電話の相手は、空き家ビジネスの仲間だった。

「青木!今どこにいる?」

だいぶ興奮した声色だった。

「仙台だけど…どうした?」

先ほどの声とはうってかわり、今にも消えそうな、何かに怯えているような、か細い声でそいつは言った。

「鈴木が…殺された」

え、鈴木さんが。


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鈴木さんは空き家ビジネスの仲間で

俺の3つ年上の男性だ。

俺が尻尾を巻いて逃げた後にも、

必死で会社を立て直そうとしていた。

仲間の話によると、

鈴木さんは、顧客の1人からクレームが入り

真摯な対応を続けていたが、

激情した顧客に腹部をナイフで刺され

出血性ショックで亡くなったという。

その顧客に不動産を担当していたのは、

俺だった。


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正直な人間が、馬鹿を見る世界。

鈴木さんは間違いなく「人を笑顔にする」働き方を思い描いていた。

それなのに、責任を放棄して、

人の優しさに浸っている俺のような人間が

のうのうと生きている。

刺されるべきは、鈴木さんじゃない

俺だ。

人に幸せを与えたい人間が、

殺されるようなこんな社会に、

希望なんかないじゃないか…

この日から、自分を責め続け

この世界に対する負の感情が積み重なり

限界に達した。


ーーーーーENDーーーーー

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