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残り4日:依存

俺は不動産会社で勤務する34歳独身。

一橋大学工学部を卒業後、

それなりに志を持って就職した。

勤続12年にもなると、

上司と部下の狭間で息苦しい状況を

容易に想像できると思うが、

俺の場合は両者に恵まれている。

上司は穏やかで、パワハラどころか愚痴の一つも言わない。

部下は文句をたれるものの、向上心があり、仕事を覚えるのも早い。

そんな職場環境に、俺は何ひとつ不満を感じていなかった。

いつものように淡々と業務をこなし、

職場を後にする。


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コンビニで弁当と缶ビールを買い

アパートに向かう。

あたりはすっかり暗くなり、

雲に隠れた月の光が、

じんわりと夜空を照らしている。

俺はAirPodsを耳に差し込み

YouTubeをバックグラウンド再生して、

とぼとぼと歩く。

YouTubeでは、お堅い経済学者が日本の景気について、

あーでもないこーでもないと自問自答している。

「…結局何が言いたいんだよ」

と、思わず突っ込んでしまう。

動画の中盤にさしかかったあたりで、

コメント欄に「それって…あなたの感想ですよね?」なんて書き込んで、

あたかも自分は高尚な人種のように振る舞う。

我ながら、目も当てられない不毛な行動だ。

だがそれにより、いっときの快楽は得られる。

そして、刹那的な快楽が過ぎ去った後、

コメントに対する反応を気にして、

何度も何度もコメント欄を確認する。

こんなのが、仕事終わりのルーティンだった。


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帰宅後、電子レンジで弁当を温める。

あたためスイッチを押して数秒待つ間、

さっきのコメントに対する反応を確認する。

グッドボタン2つ、コメントは無し。

「まぁ、こんなもんだよな」

あたためた弁当を口に放り込み、

辛口のビールで流し込む。

今度は、節約系YouTuberの動画を見る。

固定費を下げろ?
これ以上下げれるか!

自炊しろ?
そんな時間あるか!

無駄な保険は解約しろ?
そもそも入ってないわ!

くだらないと思いながら、結局最後まで見てしまった。

「どれどれ、さっきのコメントは…」

経済学者の動画に対するコメントへの反応を確認する。

グッドボタン2つ、バッドボタン1つ、コメント…1件。

バッドボタンがついたものの、コメントが1件きている。

露ほどの期待と不安を感じつつ、コメントボタンを押す。

コメント:それ、楽しい?

ふと我にかえった。

自分がなにげなくコメントしてから、

このコメントを見るまでの時間、

意識を根こそぎYouTubeにもっていかれていた。

目の前の弁当とビール缶は、気付かぬうちに空っぽで、味も全く覚えていない。


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虚無感のなか、歯を磨いて寝ることにした。

シャワーは明日の朝浴びる。

電気を消して、布団に包まれる。

静かに目を閉じるが…

最後に一度だけ、

コメント欄を確認してみる。

グッドボタン2つ、バッドボタン2つ、コメント…1件

「…バッドボタンが増えた」

返信する気はないが、なんとなくコメントボタンを押してみる。

すると「それ、楽しい?」に対して、グッドボタンが5つついていた。

胸の奥の奥の方で、なにかがギュッとした。

言葉にして何かを吐き出したい気持ちになるが、

何を吐き出せば良いのかわからず、

諦めて、寝る。



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