人生相談【短編小説】
海に面した小さな丘の上にある結婚式場。
今まさに二人の男女が愛を誓い、人生を共にすることを大勢の前で宣言した。
そのチャペルの出入り口の外に立つ従業員の水野は、入口の反対側にいる先輩の武田に話しかけた。
「武田先輩、質問いいですか?」
「おう、なんだ?」
「僕ここに入社してまだ3カ月なんですけど、みんなこんなに幸せそうに結婚式挙げて、どうして離婚するんですか?」
「し~っ・・・不謹慎だ。今後ろで式の真っ最中なのに、なんて質問するんだ!」
「あ、すみません・・・」
武田は小声で注意をし、インカムで「こちら入口、異常なし」と誤魔化すように言った。
「でも先輩、僕が受け持ったカップルのうち、すでに半分が離婚してるんですよ。なんか思い出すんスよね。あんなにここでは幸せそうだったのにって」
「俺はここに来て10年だけど、そんなの気にしていたら仕事に差し支えるぞ。俺たちはこの式だけ幸せ演出すればいいんだ。悪いが、その後のことは知らない」
「なんか、何のためにこんなに式を盛り上げてんのかなあって思っちゃうスよね。僕独身なんスけど、結婚するのためらってしまいそうッス」
「お前、そんなんじゃ一人前のウエディングプランナーになれないぞ?」
「僕も最初はそんなこと思ってなかったんスけど、こないだ自分が担当したご主人にばったり会ったんスよ。そしたらもう離婚したって・・・なんかその式のこと思い出しちゃって」
「まあ、俺は何百組と担当してきたが、もちろん離婚した人も沢山いる。俺が思うのは、式がゴールと思ってるようなカップルが離婚率高いな」
「式がゴール・・・ッスか?」
「ああ。お前結婚のイメージってどんなのがある?」
「やっぱり、ウエディングドレスとか新婚旅行とかッス」
「だろ?それが間違ってんだよ。式は結婚生活のスタートで、これからいろんなことが待ち受けてんだよ。結婚のイメージで、もし病気で動けなくなったらシャンプーしてあげたり、う〇この後お尻拭いてあげたりとか思わないだろ」
「先輩そんなことしてんスか?」
「た・・例えだよ!でも夫婦でずっと生活してたら有り得ないことではないだろ?」
武田は耳に手をあて「はい、こちら入口。・・・はい10分後・・・了解」と返した。
「夫婦生活、想定外のことだらけだからな。キレイなことばかりじゃない」
「そうなんッスね。そりゃ式とギャップありますね」
「それともう一つ。経験上、打ち合わせで夫が乗り気でないとこは怪しいな」
「どういうことッスか?」
「式の主役はお嫁さんみたいなとこあるだろ?お嫁さん張り切って、夫がどうもテンション低い時があるんだよ」
「ああ!僕が担当したカップルもそうでした!」
「だろ?男は縛られたくないって人が多いからな。水野、お前一人暮らしか?」
「いえ、実家ッス」
「それなら自分の小遣い10万くらいあるだろ?それが結婚したら2~3万になる。飲みに行くのも洋服買うのも嫁さんの監視の下でやらなきゃいけない訳だ」
「・・・はぁ」
「コンビニも行けなくてスーパーでまとめ買い、スマホで課金なんかばれた日には実家に帰らせていただきます・・・だ」
「奥さん実家帰ってんスか?」
「だから例えだよ!今日のカップルはどうだった?」
「普通というかとくに・・・あ!でも奥様はドレス高いの選ばれてました。旦那様のほうは一番安いので・・・」
「だろ?旦那は式なんてどうでもいいんだよ。料理は?」
「特Sのフルコースです」
「だろ?料理は奥様が選んだんだろうな」
「じゃあ今日のカップルも・・・」
「残念だが・・・」
「なんか悲しいッス・・・今後ろで幸せそうにしてるのに・・・うっうっ・・・」
「バカ!泣くやつがあるか!その分この式を最高の式にするのが俺たちの仕事だろうが!」
「うう・・・はいッス・・・」
武田はインカムで、式がもうすぐ終わることを知らされた。
「もうすぐ出てくるぞ!ほら、笑顔笑顔!」
「はい・・・先輩最後の質問ッス」
「なんだ?早くしろ」
「お嫁さんがドレスのまま逃げてくみたいのあるんッスか?それとか元彼が現れてチョット待った~~~みたいな」
「そんなのドラマの中だけだ。だいたいは式の前にキャンセルされる。式の途中とか親戚やら会社の人とかみんなに知れるだろ。キャンセルしといて、式が延期になったとか誤魔化して、忘れたころに婚約破棄しましたって知らせるのが普通だ」
「そうなんスね。勉強になりますッス」
扉の奥からざわざわと聞こえてきた。武田はインカムに手をあて、眉をしかめた。何やら騒がしく聞こえる。
バーーン
両開きの扉が開くと、今日の主役であるお嫁さんが、ドレスの裾を両手いっぱいに抱えこんで出てきた。
武田と水野のほうをチラリと見て、そのまま逃げるように走って行った。
「待って~~~、ユウコさ~~~ん。僕は君さえいれば何もいらない!こんな豪華な式でなくても良かった。君が病気になったらシャンプーだってしてあげるし!う〇この後お尻だって拭いてあげるから~~~」
「シュウジさんごめんなさい!そういうとこが無理なの~~~」
ドレスのまま走って行くお嫁さんを見て、このシュウジというお婿さんはその場でガックリと膝をついた。
武田は水野のほうをチラっと見て言った。
「・・・まあ・・・こういうことも・・・ある・・・かな」
「・・・勉強になります・・・ッス」
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