ある書記聖霊と後にナリスと名付けられ獣人化する仔猫の誕生
愛し仔への祝福
マリエラセス暦四〇四六年五月二十六日。
ハリム大公国より武力侵攻を受けているハムクス公国の港町ミドバリの倒壊した家屋。裕福なヒューマン、若しくは大型獣人が住んでいたと思われる。
Narizは後にハムクスのMIDBURYから
シャイナンのKNAMERTOへ逃れる事になる。
朝ごはん時にきょうだい四人と続け様に我が愛し子誕生。
六体満足。
少し尻尾は短めだけれど、その尻尾も白地に縞柄の斑模様の滑らかな短毛も、走ったら速そうな高低差の小さな横顔も、おかあさまに一番良く似た可愛い仔ちゃん。
今は未だ開いていない瞳もおかあさまと同じ老竹色。
わたくしの可愛い可愛い愛し子。
時期も場所もあまり恵まれてはいないけれど、精一杯の祝福を授けましょう。
わたくしが授けられるのは五つまで……たのしむ心と、へこたれない心と、やさしさをしんじる心、そしてじょうぶな体、あいしてくれる相手をあいせる運……嗚呼、何と「五つ」の少ないこと！ しかし愛し子に降りかかる困難はきっとこの五つがあれば乗り越えられることでしょう。
書記聖霊の自己紹介
さて、最初の大任務を無事果たしましたし、お乳を頂き終えた愛し子はぐっすり眠っておりますから、わたくしの自己紹介を。
わたくしは書記です。
書記とは二足歩行種族の愛し子と同時に生まれる影聖霊です。
わたくしの務めは愛し子の生涯を記録する事です。
愛し子が生を終える時、わたくしも存在しなくなります。
愛し子が生を終えた時、わたくしの手を離れたわたくしの記録は、マリエラセス神の許へ飛び、マリエラセス神の護る小宇宙で永劫に残ります。
マリエラセス神と歴史
マリエラセス神はこの環を持つ土塊の星の最初の二足歩行種族の祈りからお生まれになった最初期の神々の内の御一柱です。
全ての歴史はこの星に心を持った生き物が生まれた事で始まりました。
原初の生命体単細胞生物から分裂、進化と突然変異、異種交配、様々な道のりを経て二足歩行種族が生まれてから四千と五十年、多種多様な種族が生まれましたが、不思議な事に祈る心は二足歩行種族にだけ宿りました。
心は欲を生み、欲は願いになり、願いが祈りになったのです。
己の願いを自力で叶える事が適わない時、他者との交わりを求め――協力も強奪も他者が在って初めて適う事ですが――その他者の力をもってしても欲を叶える事が適わなかった時、彼らは祈りの対象を創出したのです。
いつの日も叶えられた願いは叶えられなかった願いを生みだし、祈りの対象全てが消滅する事はありませんでした。
マリエラセス神を創り出した祈りは、他者を忘れたくない・自己を忘れられたくないという今際の叫びにも似た祈りでした。
創神者マリエラザを糧とする獣も死に絶え種子一つすら育む力を失った地上で、息絶えるに際し心の底より湧きいでた欲というだけあって、マリエラザの縁の者が残った地中でマリエラセス神が信仰されぬ時は一夜足りともありませんでした。
マリエラザが今際に祈りを捧げた対象が己の影だった事が、マリエラセス神が影に使徒聖霊を遣わせる力を得た所以です。
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