■「同調」と「共感」の違い

「聞いてください!私、あの上司にこんなこと言われて、あんなこと言われて、酷いと思いません!?」
「それは酷いなあ!最低だね、その上司。訴えても良いレベルじゃない?」

労働組合にいた時、オルグや懇親会の中で散々聞いた会話です。
こうした「同調」は一見すると高い連帯意識をもたらし関係性を良くするかのように思われます。

しかし、そこには重要な問題が隠されているのです。
それは
【話をしてくれた人が、全て真実を伝えているとは限らない】
ということなのです。
もちろん話をしている人は「真実」を伝えているつもりです。
嘘をついているわけではありません。
でも、それは「その人の思考の枠」から見た「真実」であり、他の人から見たら全く違う真実があるかもしれないのです。

そして、これはほとんどの方が経験があると思います。
人間には自己防衛本能というものがあります。
自分にとって都合の悪い話はちょっと脚色したり、隠したりしますよね?
自分にとって都合の良い話は盛りますよね?
これは無意識にやってる部分もあるかと思います。

労働組合でハラスメントの相談を受け、現場に乗り込んで周囲の人にヒヤリングをしていくと、まったく違う事実が見つかることが多々ありました。
嘘をついている、というような悪質なものではなくて、自己防衛本能に従い無意識に話が捻じ曲げられているのです。
感情が高ぶり、怒りのエネルギーが満ちているときはその傾向はどうしても強くなります。
そんな時に、
「それは酷い!」
「もっと怒るべき!」
と同調してしまうと、相談者は「引くに引けない」状況になってしまうのです。
「〇〇さんはこう感じたんだね」
「そう言われて〇〇さんは辛かったんだね」
あえて適切な距離感を保ち「共感的」に話を聴く。
そのことが最終的には相談者を救うことになるのです。

「傾聴」の奥深さ。真髄。
これはコロナ禍におけるニューノーマル時代には更に!より一層!必要になってくるコミュニケーションの原点です。
2021年も引き続き、コミュニケーションの真髄をお伝えしていきたいと思います。

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