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しずかな日々 椰月美智子

よい意味で国語の教科書を読むような、夏休みの特別な断片たちの煌めきを、記憶の隅に留めて置けるように書き綴られたような優しい小説だった。


10歳までの主人公のぼくは、学校では幽霊のように過ごし、母親と2人で暮らすアパートでは片親の子供と聞いて想像するような生活をしていた。
引っ込み思案で恥ずかしがり屋で、目立つことは大の苦手なぼくだけれど、5年生のクラス替えで席が前後になったお調子者の押野に巻き込まれていくことで、少年らしさや子供らしさを取り戻していく。
押野は典型的なクラスの人気者タイプで、溌剌としていて物怖じせず、野球が得意でませた姉がいる。そして彼も片親で育っており、その共通点もあり正反対の2人だが親友となっていく。

せっかく、ようやく学校や友達や放課後が楽しくなってきた矢先に母親が始める新しい仕事の為に引っ越しを余儀なくされるが、断固として転校したくなかったぼくは母親と離れ、ほとんど面識のなかった祖父の住む日本家屋で暮らすことにする。
無口で威厳があり、きっちりとした祖父との暮らしの情景は、誰しもがどこかで見た日本の田舎の家の縁側や庭を思い浮かべることができるだろう。黒光りする柱や床、漬物、すいか。いつしか子供たちの憩いの場として開放された家屋は、住んだことが無くとも読みながら懐かしむことができてしまう。

古風な祖父に習い、ぼくも早起きをして掃除とラジオ体操をして、朝食をしっかりと食べる健康的な生活サイクルを身につけ、空き地の野球仲間も祖父の家に集まるようになったり、どこか懐かしい微笑ましい光景が描かれており、一夏の冒険や11歳の頭の中を覗き見できる。

母親の新しい仕事のことや、自分の知らない過去のこと。選択の積み重ねの生活が続いていくことが、日々になり人生となることを改めて感じさせてくれる作品であり、大人になったと時に鮮明に思い出せる夏休みの記憶としての最高がこの作品に詰まっていた。

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