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たゆたえども沈まず 原田マハ

絵画に詳しくなくとも、大半の人が名前を知っている名画家ゴッホの生きた時代を、タイムスリップしたかのように思わせてくれる正確な描写と熱量が迫る。
私たちの生きる時代で、ゴッホは超が付く有名画家だけれど、彼は遂に生きている間に自分の絵の価値を確かめることができなかった人だと初めて知った。


舞台は1886年〜91年のフランスで、その頃のフランスは絵画ブームが起きており、その新しい波として日本の浮世絵が飛ぶように売れる時代となっていた。

フランスで日本人画商として、類稀なる商売気質と眼光を持ち働く林忠正と、その後輩で忠正にスカウトされてパリへやって来た重吉。この2人が、フランスで日本絵画の地位を確立させた立役者であり、後にゴッホの絵を導く重要な役割を果たす人物であることが前半を読み通して分かる。

テオことテオドールはゴッホの実の弟で、この作品の第二の主人公。本当に心優しい青年であり画商としても秀でた才能があり、忠正や重吉とも友好関係を持ち、日本美術にも高い関心を寄せ、薄汚い格好をし、呑んだくれて画材道具を買う金もその日の食事さえままならない兄を献身的に支え、兄の才能を信じた弟でもある。

ゴッホと言えば、今や誰もが名前を知り、「ひまわり」や「タンギー爺さん」や、この本の表紙にもなっている「星月夜」など、有名な作品は多いが、当時は印象派や新進気鋭の作家は疎まれていた時代で、ゴッホの作品は心苦しい程に光を見ない。
また、ゴッホは精神面に不安定な部分もあり、心が弱ってしまうとテオや周りに心配をかけてしまい、ゴッホの画家人生は決して穏やかな波ではない。画家としてやっていくには、認められて売れなければ成り立たないのだが、その当時には独創的で類を見ない作風であったゴッホの絵は、展示さえろくにしてもらえずにテオや忠正、重吉も新しい時代が来るのを今か今かと待ち望んでいる状態であった。

テオから鞄を借りたことと偶然が重なって、病んでいたゴッホは自殺してしまうのだが、描いて描いて描いた人なんだと、この本から読み取れる。Wikipediaや映画化からも知ることのできるゴッホの人生は、陰鬱と孤独とやりきれなさが混じり合いながらも、救いの手の中で描き続けて、それでもどうしようもなくて、申し訳なさも入り混じっていて甘い蜜がほとんどない。

そして、1800年代という想像するのも難しい、遠い時代の日本人が、フランスへ渡り美術の素晴らしさを世に広める動きをしていたこと、かの有名画家ゴッホと交流を持ち、日本へ強い憧れを抱いていたゴッホの背中を押していたことに、同じ日本人としてちょっぴり誇らしいような驚きを感じた。



数年前、上野の美術館でゴッホ展を母と見たことを思い出した。ど素人の目にも「ひまわり」は、パワーと人を惹きつけるものがあったと記憶している。煌々とライトアップされて佇む1枚のひまわりの絵が、なんとも眩しく、眩しい中にも奥行きがあった。

偶然にも、私の部屋にゴッホの絵を飾っている。
カフェテラスの黄色と暗過ぎない夜空の雰囲気が好きで、私の部屋を今日も静かに彩っている。

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