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夕日のコキア

「来週の月曜日は、図画工作の時間があるね。                             いいねえ、ゆりちゃんは絵が上手だから」
土曜日の学校の帰りに、仲良しのまきちゃんがいった。

「そんなに上手じゃないよ。去年は、たまたま運がよかっただけ」
ゆりはそういいながら、5年生だった、去年のことを思い出していた。

何を描こうか、ずっと考えても決まらなくて、早くしないと授業時間が終わっちゃうとあせったなあ。
そして、雨の日の校門で、色とりどりのカサを持った生徒たちが、友だちと帰って行く風景を思い出して描いたら、図画工作担任のベテランの中谷先生がほめてくれた。

「雨の日のふんいきがよく出ているなあ」
その絵は『雨の日の学校』という題をつけて、先生が市内の小中学校全部の美術展に出してくれた。

クラスで一番絵がうまい宮下君の、お祭りの絵はえらばれなかった。                    宮下君のお父さんは高校の絵の先生だ。                                   ゆりは、そのお祭りの絵は、にぎやかな人々が楽しそうでいいなと思ったけど。

「うまいんだけどな、水島の絵の方が、                          しみじみ伝わってくるものがある気がする」
中谷先生はそう説明した。

ゆりの絵は全市内の小中学校美術展で、優秀作品に選ばれて、表彰状をもらったのだ。市民ホールまで、みんなで見に行った。                         「水島ゆり」の名前が書かれた入選者の名ぼを見て、うれしいような、はずかしいような気持ちだったのを覚えている。                            宮下君もゆりの絵をねっしんに見ていた。
「いい感じにかけてるね」

そして今年は6年生。                                        中谷先生はゆりの顔を見て言った。                                     「水島、今年もがんばれよ」

ゆりは急にプレッシャーを感じた。                                絵を描くのは好きだったのに、秋の展覧会に向けて絵を描く、図画工作の時間が、急に気が重く感じられてきた。                                ずっと先だと思っていたのに、それがもう、来週の月曜日にせまってきたのだ。まきちゃんと手をふって別れた後、道の角を曲がって家に向かって歩いて行った。

歩きながら、となりの家の庭のおくの方に、モフモフした赤い丸い草が植えているのに気がついた。                                  とてもきれいな、真っ赤ではない赤い色。                                 ワインカラーというのかもしれないと思いながら、ふと、これを描いたらきれいだなと思った。

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家に帰って、台所にいたお母さん聞くと、
「ああ、おとなりさんの庭のモコモコした赤いのね、コキアって名前だと思うよ。いい色だよね。あれなら、おばあちゃんちにたくさんあるよ。枯れるとほうきになる草だよ」
と、教えてくれた。 

「ええっ、見に行きたい。明日中に行きたい。あさっては絵に描かなきゃいけないから」
「まあ、いそがしい話だね」
次の日、お母さんは用事を午前中にすませて、午後ゆりを、おばあちゃんちに連れて行ってくれた。

おばあちゃんの家につくと、うら庭に、モフモフしたコキアが何本もはえていた。前に来たときは夏で、緑色だったから、他にも緑色の草がたくさんあり、気にとめていなかった。                                   でも今は、モフモフしたすがたのまま赤く紅葉していた。

「わあ、きれいだ」
ゆりは思わずさけんでいた。
おばあちゃんがとくいのカボチャケーキを作っておいたと、出してくれた。カボチャの甘みがシナモンととけあって、おいしかった。              近所に出かけていたおじいちゃんも、帰ってきて一緒にお茶を飲んだ。                     おばあちゃんがいった。

「畑に行けば、もっとたくさんあるよ」                                 「ええっ、見に行きたい」
ゆりのことばに、おばあちゃんは軽トラにゆりを乗せて、                        畑に連れて行ってくれた。

そこは一面の赤く色づいたコキアの畑だった。
「うわあ、きれい」
紅葉したコキアが畑いっぱいに生えていた。                               赤いけど、ただの赤でなく、心に残るなつかしいような赤。

「ここはね、亡くなったひいばあちゃんが、作っていた畑だよ。                    今はコキアなんてハイカラな名前で呼ぶけど、昔はほうき草って呼んで、枯れたらほうきにしていたよ」

ゆりはひいばあちゃんがなつかしかった。                             三年前に亡くなったけど、初ひまごのゆりを特別かわいがってくれた。                  ひざにだっこされて、絵本をよんでくれたり、甘いお菓子をくれたり、いつもお小ずかいをくれた。病気で亡くなったときは、ただただ悲しくて、いつまでも泣いていた思い出がある。
「ひいばあちゃんはコキアが好きで、畑のあちこちに植えていたのを、                     そのままにしておいたら、落ちた種で毎年ぞくぞくとはえて、                       コキア畑になってね」
おばあちゃんはわらった。

ひいばあちゃんは、コキアのもっこりした形や色が気に入って、かわいいと育てて、枯れてからひもでキリリとしばって、ほうきをいくつも作って、回り中にあげていた。

「昔はほうきといえば、ほうき草で作ったほうきのことだったよ」
そのほうきは軽くて片手でもはけるので、                                玄関や庭のそうじは、脳の血管がつまる病気になって、                        左の手しか動かなくなっても、ひいばあちゃんがやっていた。

「今はわたしが、これでほうきを作って家の外をはいてるんだよ。                      使いやすくて、庭がきれいになるよ。                              いつのまにかひいばあちゃんと同じことをしてる」
おばあちゃんはちょっとわらった。

そして紅葉した赤色が終わって、茶色に色のあせたコキアを取って、葉っぱをしごいてほうきにし始めた。                                    いつのまにか夕日がコキアにあたって、                                  さらにあざやかな赤色になっていた。

ゆりはこの風景をかけば、きれいでいいなと思って、持ってきたノートにスケッチを始めた。スケッチのついでに、絵のすみっこに、背中をまるめてほうきを作っているおばあちゃんも書き入れた。
おばあちゃんの家にもどって、                                     おじいちゃんの作った、大根や白菜をたくさんもらって家に帰ってきた。
お母さんは白菜をたっぷり入れたナベや、大根のサラダを作ってくれた。新鮮な野菜はおいしかった。

次の日は月曜日。午後は図画工作の時間になった。

中谷先生は、外に出て描いてもいいといったので、まきちゃんがさそった。
「ゆりちゃん、外のいちょう木をいっしょに描かない?」
「ごめんね、わたしね、今日は中で描くよ」
「そっか、じゃあね」
教室で描いている人は、半分くらいだった。

ゆりはスケッチしたノートをちらっと見ながら,コキアを描き始めた。
いつもは何をかこうかと考えている時間が長いけど、今日はすぐにとりかかったので、時間をむだにしないで、ていねいに描くことができた。
えんぴつで、構図を決め、絵の具をぬりはじめるころには、

 「いい色だね」
「きれいな赤だね」
まわりに人がよってきた。                                         中谷先生が回ってきて、                                     「お、中々いい色が出てるぞ。この調子でな」といってくれた。 

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それを聞いて、宮下君まで見に来た。
「コキアだね。いい色だね」
ゆりの席からみると、宮下君の絵は秋の紅葉した山のふもとで、農家の夫婦が働いていた。
「宮下君も秋らしくて、いい色だね」
「ありがとう」

ゆりは、ねっしんに描き進んでいった。                                  いくつもいくつもコキアのもっこりした草姿を、少しずつ色を変えていった。夕日があたって、さらにあざやかに見えたコキアたちを、絵の半分くらいに描いた。
そして、ほうきを作っているおばあちゃんを、絵のすみっこに描き入れようと思って描き始めた。

そのときふとひいばあちゃんのことを思い出した。いつも手ぬぐいをかぶって背中をまるめて、左手でほうきではいていた。
(そうだ、ひいばあちゃんをかこう) 
 絵のすみに家の玄関のあたりを少しだけ描き入れ、庭をはいているひいばあちゃんを描き入れた。描いているうちに、なつかしさでいっぱいになった。いつもいつも、ゆりが行くのを待っていてくれた。                        行くと「よくきた、よくきた」と顔中でわらってくれたっけ。
手ぬぐいをかぶって、いつも着ていた着物のもようまで、思い出して描いていった。

そろそろ外に出て描いていたみんなが、教室にもどってきた。                    まきちゃんはきれいな黄色のイチョウの木が、大きくかいてあった。
「いいね、まきちゃんのイチョウ」
「ありがと。でもさすが、ゆりちゃん。きれいな赤い色」                        中谷先生は、できあがった人は提出して、                     まだかけていない人は、来週も描いていいと言ってくれた。

ゆりはほぼできあがっていた。                                   一生けんめい描いたので、満足していた。                              自分の絵をもう一度しみじみながめて、提出しようと思ったときだった。

とつぜん、絵のコキア畑の上に夕日がさしてきたのだ。                          するとコキアたちはいちだんと赤く染まった。

そのときだった。                                         背中をまるめて庭をはいていたひいばあちゃんが、                           ゆりをふりかえって、にっこりわらったのだ。

「ひいばあちゃん」
思わず呼びかけそうになって、あわてて口をおさえた。
(ひいばあちゃんは、きっと喜んでくれたんだ。                             ひいばあちゃんのすきだったコキア畑を描いたことを)

むねがいっぱいになって、涙がじわりとにじんできた。
涙をこぼさないように上を向いてまばたきして、                            もう一度絵を見ると、                                             ひいばあちゃんはもうもとにもどって、背中をまるめて庭をはいていた。 
そのうしろには夕日の中に、赤いコキアがならんでいた

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