ナマエノカタチ ー名づけの意味ー
大好きな本がある。
角田光代著『Presents』という短編集。この本が好きで好きで、反抗期に差しかかった姪っ子の誕生日プレゼントに添えたこともある。
松尾たいこさんのあざやかで心はずむ挿絵とともに綴られるのは、人生のさまざまな時期に受けとる贈り物の物語。登場する12個のうち、さいしょの贈り物は「名前」。
主人公の春子は、こどもの頃に母から聞いた「春に生まれたから春子」という由来と、ありふれた名前、その名前の退屈そうな未来を、ちょっと残念に感じていて・・・。
うっかりあらすじを書きはじめたけれど、本について語る回ではないのです。わたしが語るよりも、間違いなく読んだほうが伝わるから。
本日は、名前のおはなし。
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ネット物書きとしての名前は、水野うた。
もう一度書くと決めたとき、私はあらたな名前を用意することにした。
新しい名前は、姓と名からなる5音の名前にすると決めていた。人間の名前っぽくて、覚えやすい長さの名前。
以前使っていたハンドルネームには姓がない。それも気に入っていたし、仕事が忙しくなってブログを閉じただけで、何か嫌なことがあったわけではないから、そのまま使ってもよかった。それでも新しい名前にしようとしたのは、書き手としての自分をもう一度生み出したかったからかもしれない。
「名は体をあらわす」ではないけれど、名はその人のイメージを想起させる記号だと思っていたから、名づけは真剣な作業だった。
こども達の名前を考えたときと同じくらい、真剣だった。
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先に決まったのは名だった。母音のu音で始まる名がいいなぁって漠然と思っていた。響きがやわらかいから。母音はuとoとaが好き。上あごの奥をたてにひろげる深い響き。
いくつかの名前をパソコン上に並べているうちに「ウタ」が決まった。漢字なら「詩」か「歌」。ひらがなの「うた」もいい。
姓は、誰もが迷わず読める名前にしたいと思っていた。それは、私の実名が今も昔も珍しい姓で、名も何通りも読み方があって、一度も最初から正しい名前で呼ばれることがなかったからかもしれない。
名の読みが「ウタ」なので、姓とつなげたときにひとつの意味になるといいと思った。
何かの詩、誰かの歌になればいい。
わたしの書くものがそうなったら最高だなぁって、わたしは夢見た。
ソラノウタ、ホシノウタ、アメノウタ、カワノウタ、ウミノウタ、ミズノウタ・・・姓は漢字にしようと思ったから、いくつも候補があがる。
天空や星はともかく、雨やら川やら海やら・・・結局、わたしは流れる水を欲しているのかもしれない。それに、水野さんって、クラスにひとりくらいはいた気がする。(前にそう話したら、猫野サラさんがあまり見かけない姓だと言っていたから、地域性はあるかもしれない)
結果、わたしは「水野 うた」を選んだ。水の歌にも水の詩にもなれる、やわらかいひらがな。
私からわたしへの贈り物。
それは、わたしをデザインする名前だった。
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冒頭で紹介した短編「名前」。
やがて春子は身ごもり、母から送られてきた古い名づけの本を見て、親が「春子」と名づけるまでのプロセスが、けっして「春だから春子」という安易なものではなかったことを知る。
子の名前は決まらぬまま、やがて陣痛がくる。病院に向かうタクシーのなかで、春子はあるひとつの答えにたどり着く。
もう少し待って。あなたにふさわしい名前を今考えているから。あなたにしか似合わない名前をまだ考えているから。川みたいな春みたいな、光みたいな太陽みたいな、人を助けるような頼られるような、健康であるような人に好かれるような、いや、そんな意味など何ひとつなくたっていい、あなたがあなたであるとだれかが認識してくれる名前であるならば。
出典:角田光代『Presents』,双葉社,2005
そうか、意味なんていらないのか。
わたしがわたしであると、だれかが認識してくれる名前であるならば。
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わたしを名づけてからずっと、noteやTwitterやZoomなどネットのなかでは、水野うた として生きている。ほとんどの方が「うたさん」と呼んでくださるのだけれど、たまに「水野さん」と呼ばれることがある。今では街なかや職場で「水野さん」と聞こえると、思わず耳が反応してしまうくらいには、水野うた が育っている。
だれかがわたしをわたしだと認識してくれる名前。わたしが書き手として、読み手として、ここに在るための名前。そのしるしのような名前を、わたしはとても気に入っている。
先日、chihayaさんから、素敵な贈り物をいただいた。
映像がたちあがるようなその表現に心ふるえて、こんなふうにわたしの書く文章を感じてくれていたのがうれしくて、何度も読み返している。
わたしの名前が、そこにある。
■水のうた~水野うたさんへ
意味なんていらないのかとも思ったけれど、やっぱり意味はある。
私がわたしに贈った名前。
わたしは「水野 うた」のかたちになっているかな。
わたしの書くものは。
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最後に、もうひとつ。わたしの大好きなアーティストの動画作品をご紹介。
ゆるゆると、時に素早く、にじみ、重なり、混ざりあっていく水の世界は幻想的で、ピアノと水の音色とともにどこまでも広がっていきます。
自由に、色あざやかに、能動的に、ゆらぎ、たゆたって。
わたしも、こうありたい。
■[Water Color Art Vol.2] 動きのあるアクリル絵の具アート | Acrylic Painting ヒーリング
プロジェクターがあったら、天井に写して眺めていたいな。
この美しすぎる動画を創っているあの人。
もしかしたら、あなたもご存知かもしれませんね。
ここまで読んでくれたんですね! ありがとう!