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秋空の下で -誰かのなかで生き続けるというのなら➃最終回

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祖母が看取りの状態となって、3日。

母から渡された白い封筒を覗くと、思いがけないものが入っていた。
淡いピンクのパワーストーンのブレスレット。
ローズクォーツをメインに様々な水晶が入っているそれは、まだ祖母がマンションでひとり暮らしを楽しんでいた頃に、私がプレゼントしたものだった。
しばらくは身に着けているのを見たけれど、いつの間にか見なくなって、すっかりその存在を忘れてしまっていた。

母は言った。
「おばあちゃんが準備してた“棺に入れて欲しいもの”のなかに、これが入ってたの。でもね、これは燃えないから入れられないんだって。これ、うたがプレゼントしたものでしょう? だから『うたに渡して』って言われて預かってきたの」
その瞬間、熱いものが一気に喉元を駆け上がってきて、胸がいっぱいになってしまう。
もう、ひたひただった。
何かひと言でも発したら胸の奥のコップがあふれてしまいそうで、私は黙ってうなずいた。

 

 

その日の帰り道。
何度となく往復してきた白く美しい橋は、夕陽に照らされて長い影を落としていた。
コントラストを増した川面が、きらきらと光る。
綺麗・・・と思った瞬間、涙がぽとりと落ちた。
たまらなかった。

旅立ちのときに身につけていたいと願うほど、たいせつに思ってもらえたブレスレット。
“棺に入れてほしいもの”を祖母が準備していたのは、マンションで祖母の淹れたお茶を飲みながらどうでもいいことを語り合っていた、あの頃のことだ。
祖母と過ごした時間が、一気に流れ込んでくる。
ハンドルを握りアクセルを踏みこむと、涙は加速して嗚咽になった。

赤信号のあいだに、おとちゃんに電話をかける。
ひとりでは、すぐそこまで迫っている別れを抱えきれない。
「もしもし? どうした? おばあちゃん、どう?」
助手席に置いたスマホから響く声にほっとして、しゃくりあげた。

 

 
1ヶ月後。
私はおとちゃんと、あの白く美しい橋が見える川原にいた。
秋晴れの川原には、私たち以外誰もいない。

そういえば、ずいぶん前に祖母が「ハガキの画像編集を手伝ってくれたお礼に」と、おとちゃんを食事に誘った店も、この近くだった。
ぐらつく大きな石に足を取られながら、川べりまで歩みをすすめる。
預かったブレスレットを祖母に還すために。

 

この1ヶ月、ブレスレットは私の枕元の、盛り塩のうえに置かれていた。
朝晩、ブレスレットを目にするたび、ぐるぐるぐるぐる考える。
自分が身に着けるという選択肢は、ない。
私は旅立つ祖母にブレスレットを持たせたかった。
祖母自身がわざわざ旅立ちの道具として、それを選んでくれたのだから。
でも、どうやって?

 

石と石とを繋げていたテグスを切り、異物となる小さな金属の部品を取り除く。
白い封筒には、直径1cmにも満たない淡いピンクのローズクオーツと様々なサイズの透明な水晶だけが残った。

封筒から石をふたつ取り出し、おとちゃんにひとつ手渡す。
「私もいいの?」
「いいの。いっしょに」
手を合わせ、あの頃のように祖母に話しかける。
「おばあちゃん、ブレスレット入れられなかったから、還すね」
色が深くなっている早瀬に向かって、思い切り投げる。
・・・ぽちゃん。
・・・ぽちゃん。
長い放物線のさき、清かな音がして、石は瞬く間にきらきらひかる水面に飲み込まれていった。

「おばあちゃん、ありがとう」
・・・ぽちゃん。
・・・ぽちゃん。

「おばあちゃん、もしかしたら傍で見てて『何やってんの?』って笑ってるかもね」
・・・ぽちゃん。
・・・ぽちゃん。

ピーヒョロロロ・・・
上空を旋回するとびの声が聞こえる。
のどかで美しい故郷の景色。
奇妙な儀式は、ゆっくりと、それでいて淡々と続いた。
時に笑いながら、時に涙ぐみながら。

 

 

この淡いピンクの石が、早瀬の底を転がる石とともにどんどん転がっていけばいい。
転がり削られ海へ出て、砂浜をつくる透明な砂粒になればいい。
いつの日か、この石が砂粒に姿かたちを変えたとしても、私が祖母と過ごした時間は永久に変わらない。

何度か耳にした「人は3度死ぬのです。1度目は精神の死、2度目は肉体の死、3度目は社会的な死です」という言葉。
残された者が忘れてしまったときに、人は本当の死を迎えるのだという。
死してなお誰かのなかで生き続けるというのなら、祖母は私のなかで生き続ける。
私がこの命を生きて、祖母を想うかぎり。

 

「おばあちゃん、大好きだよ」
・・・ぽちゃん。
・・・ぽちゃん。

「これで最後。ありがとう」
浮かんだ「さよならだね」という言葉は、握りつぶして最後の石といっしょに投げた。
・・・ぽちゃん。
・・・・・・ぽちゃん。

想いが、いとおしい時間が、川にとけて流れていく。

 

 

スマホのギャラリーには、車に向かって、ごろごろとした石の上をやじろべえのように戻っていくおとちゃんの後ろ姿と、その美しい景色を360°ぐるっと録った動画が残っている。
「だいじょうぶー?」
おとちゃんの背中に呼びかける私の声は、あかるい。

秋空は、ぬけるように青かった。

 

ここまで読んでくれたんですね! ありがとう!