【小説】にわとりたまご🥚 第8羽
🥚笹本ひだか
レジに立ち、客の来ないのをいいことに、バックヤードでコンビニの運営が求めているかのように、僕はみいあちゃんから受け取った投稿を眺めていた。
投稿した動画や、出版した本の宣伝の投稿。
リプライ欄をのぞくと、大抵最初の方はファンの応援コメントが多いけれど、下にいけばいくほど人の怨念がたっぷり詰まったことばが並んでいる。
そもそも、いつからここまで執拗に、苛烈に攻撃される対象になったのだろう。過去にスクロールして、一番最初のツイートまで戻ってみる。
まずはたわいもない学生のころのツイートが並ぶ。五年前くらいから徐々に投稿が始まった。
最初はいいねが二桁もあれば多い方だったのが、四年前から徐々にメイク動画の編集の質が上がったのか、サムネイルやタイトルも思わず画面をタップしたくなるようなものに変化していた。
三年前からは、動画を投稿すれば四桁いいねは当たり前。
それ以前までは、背景がぼこぼこした白い壁紙で、壁と自身との距離が比較的近かったが、引っ越したのか、白い部屋でコスメを広げるようになっていった。
動画を投稿すれば、再生回数は一日で10万回をゆうに超える。
人気美容系YouTuberとしての地位を確立させていったようだった。
化粧ものからダイエット法、お悩み相談のような自分独自のコンテンツも出しつつ、同じ系統のYouTuberとのコラボ、企業案件など、他者や組織ともかかわっていくようになっていた。
2年前からは1冊目の本を出し、化粧ブランドも立ち上がる。
固定ファンが確実について、握手会も開催。
そして、今年の初めごろからアイドル活動をはじめる。
それ以前は、美容系だから基本的にバストアップしか画面に映ってこなかったが、このころから露出の多い服装が多くなり、その分だけインプレッションやいいねが増えていった。
アイドル関連の投稿には、女性ファンだけではなく、男性ファンも増えていた。
ライブ前の緊張している様子が写真が載っている。
フラッシュをたかれ、両手の甲を頬に向けるポーズをして体を30度ほど傾け、あどけなさを感じさせるポーズをしていた。
スクロールし続ける手を止め、僕はその写真に見入った。
彼女の目は、カメラを見て、笑顔を見せている。
フラッシュの光で全体的に青みがかった写真。
黒く澄んだ瞳には、出せるものはすべて出すのだという、皆の前に立つ覚悟がにじみでている。
けれど、わずかに眉が八の字の形に勾配している。それは、僕らにも何かを求めているような不思議な雰囲気を僕に与えた。
〇
日付が変わる少し前のころになり、入店音が聞こえてきた。
すぐにバックヤードから出てきて、レジにスタンバイして、客の方を見やる。
青髪の男性が目に入る。みいあちゃんの担当の橋本マネージャーだ。
今日、前回とは違って、彼は女性の後ろを歩いていた。
黒髪のショートカット、ワイシャツに台形スカート。首からぶら下げられているのは、橋本マネージャーと同じ、青色のひもがついたネームタグ。
彼女が体の向きを変えるたびに、名札が入ったプラスチックケースに付属している小さな金属がからからと鳴った。
きゅっと結ばれた唇を濃い紅色に染め、つかつかとコンビニ内を大股で闊歩する姿からは、この激務激戦区を生き延びてきた人特有のバリキャリ的な勇ましさを思わせる。
「今回は悪くないと思ったんだけど」
低く、張りのある声は、僕らアルバイトと彼ら二人しかいないコンビニの空気を一瞬にして引き締めた。
「すみません」
「橋本さんって、どうしてインフルエンサーを1人だってちゃんとプロデュースできないんだろうねえ」
長く、高らかにその女性は笑う。
後ろを歩く橋本マネージャーは、スイーツコーナーに並ぶシュークリームを凝視したりサラダを凝視したり、視線の行き先が散漫としていた。
「お預かりします」
女性は無言で、レジ台にチキンサラダを置いたものの、橋本マネージャーは何も取ってこず、彼女の後ろで、遠慮がちに目を伏せ、両手をあわせて待っていた。
会計を済ませると、女性一行は出口へと向かっていく。
自動ドアが開き、二人が出ていこうとする瞬間、女性は改めて失望したように深い深いため息をついた。
「そんな感じだからみいあを逃すんだよ」
「すみません」
「もう、やめたほうがいいよ」
二人が出ていったコンビニには、また楽しい推し活応援キャンペーンの放送が流れていた。緩んだ空気がよみがえってくる。
「(厳しそうな雰囲気ですね)」
日本語をまだ勉強中のアタラさんでさえ、空気感で穏やかではないようすを嗅ぎとったようだった。
「(僕にはパワハラっぽく見えましたね。上司と部下の関係なんじゃないかと思いますが)」
「(何でわかるんですか?)」
「(一人の方が、この近くにあるYouTuber事務所のマネージャーだからですよ。同じネームタグのようなものをつけてたので、同じ会社なのかなと推測したんです)」
「(YouTuber事務所。そんなものがあったんですね?)」
そこで、僕はみいあちゃんが引退しようと思っていること、最後の動画公開とアイドル活動を目指していて、それを僕らが手伝おうとしていること、あの青髪の男性がみいあちゃんのマネージャーの橋本であるということも話した。
付け加えて、今は誹謗中傷をしてきている人間を探すために僕が探りを入れている、とも。
「(というか、みいあって誰ですか)」
「(この人です。美容系YouTuber)」
僕は彼女の動画のサムネイルを見せる。
「(あれ……)」
彼は、また眉の間にしわをあつめ、目を閉じて考えていた。
「(あっ。みいあちゃん、これですか。人気ですよね)」
突然目を大きくあけ、何かに気づいたかのようにポケットに入れていたスマホをいじりだした。
「(私が運営している掲示板です。ここでもすぐ話題になります)」
掲示板の運営。アタラさんが、コンビニで働いている以外の情報をくれたのは初めてだった。エンジニアとしての仕事もしているのだろうか。彼は少し自慢げに、目のあたりにしわをいくつもつくって微笑んでいた。
「(アタラさん掲示板運営してるんですか?)」
「(広告収入、生活のためです)」
アタラさんは、ぐっと親指をつきたてて微笑んでいた。彼は、スマホの画面を僕に見せつける。幾多ものスレッドの中に、「みいあちゃんについて語るスレ」が表示されていた。
クリックしてみると、肯定的コメントが3割、それ以外の7割が批判的なコメントであふれる投稿欄が登場した。
ここで、僕は試してみたいことがあった。
「(アタラさん。ひとつお願いしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか)」
「(任されたことをやる、求められたことをやる。それが仕事ですよね)」
好きなお寿司はなんですか?