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【小説】にわとりたまご🥚 第9羽

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≪第8羽をを読む🐥

🥚高橋さき

一週間で、みいあちゃんの最後に投稿する動画とライブを企画する。

みいあちゃんから直々に指名され、ファン代表として私とほのかちゃんは、それぞれの仕事や学校が終わったら、ほのかちゃんの家に行って当日まで毎日相談しあって進めていくことになっていた。

だけれど、好きで、ずっと憧れていた人だったからこそ、みいあちゃんに見合うような企画が何一つ思い浮かばなかった。

どちらかといえば、スケジュールやお金の問題ばかりが頭をよぎってしまう。

仮に今週の日曜日に開催するとして、場所を抑えるなら今日明日中には絶対に連絡しないといけなくて、そもそもみいあちゃんの考える予算はどれくらいなのか──。

実務的なことばかりが私のなかを行ったり来たりするけれど、こんなことよりまず、何をしたいのかを今回明確にしなければ、そうした実務的なことも決まらない。

そもそも、みいあちゃんは、何が好きなのだろうか。何をしたら喜んでくれるんだろうか。ファンを、どうやったら喜ばせることができるのだろうか。

何かが思いついては、消え去っていく。

トイレに行きながら、コンビニにお昼を買いにいきながら、自席でからあげクンを頬張りながら、私はずっと考えていた。

たまごのように柔軟で、変幻自在なみいあちゃん。
どのように料理していくべきだろうか。

みいあちゃんを仮にたまごだと仮定するなら、私の頭の中では、彼女は何度も何度も電子レンジで加熱されている。レンジの中で、羽化しているのに、生焼けにして提供するのが怖いから、黒くなるまで焦がしている。彼女が嫌がっているのに、変に手を加えようとして、失敗して……。

からあげクンを口にいれながら、こんなことを妄想する。私の頭の中はとにかく混乱を極めていた。

昼休憩の時間になり、スマホでこっそりと彼女の動画を改めて見る。

最初に流れるのはオープニング。これは二年前から導入されたもので、3Dアニメテイストの7秒くらいのポップな映像だった。

四頭身くらいの小さな立体になったみいあちゃんは、ピンクで埋め尽くされた部屋を横切る、そしてアナログテレビの電源を落とした時のように、星形にブラックアウトする。

アニメのオープニングと比べると短いけれど、端的にみいあちゃんのかわいらしさとか、美に対する意識の高さとか、一見寄り付きやすそうなのにやっぱり寄り付きづらそうな感じとか、彼女の特徴がよく押さえられていて、見るのが毎回楽しみだった。引退発言をした動画には、なかったのだけれど。

「高橋さんも新卒四カ月目にしてデスク飯ですか」
正面のデスクに座っている黒田部長は、鶏五目おにぎりを片手に画面を見ながら、私に話しかける。

「そうなんです。なんだか忙しくなっちゃって」
そうはいっても、自分で勝手に忙しくしているだけで……ということはもちろん言えなかった。
「いいことだね。仕事に前向きなのはねえ」
黒田部長は、手を頭の後ろにで組み、デスクチェアごと体全体を前後にゆらゆらと動かしだした。

彼は少なくとも私が入社したときからデスク飯だった。

この辺りは6分ほど歩けばまわりに美味しいランチが食べられる飲食店がいくつかあるから、新卒で入社したらみんな大抵一年はデスク飯をせず、周辺でランチを食べ、先輩におごってもらって過ごすという習慣があるらしい。

そういう背景が頭に入っているのか、新卒4か月目でデスク飯である=忙しい=仕事を頑張っているという等式を頭で勝手に成り立たせ、部下である私がその仲間入りをしだしたことに喜んでいるようにも見えた。

私はただ、あまり仕事に関係ないみいあちゃんのプロデュース計画について考えているだけなのだけれど。

これは俺の持論だが、とひとこと置いたうえで、黒田部長は話し出す。

「俺はずっと言っているように、アーリーリタイヤすることが目標で、基本的には仕事は楽しくも、楽しくなくもない。でも、そのなかでも、頑張ろうと思える仕事もあって」
経済紙でインタビューを受ける経営者ばりの声量、そしてろくろの回し方。彼は前に乗り出して話を続ける。

「結局、頑張ろうと思える仕事って、この会社なら自分が欲しいと思えるものに出会えるかどうかだよね」
「自分が欲しいかどうか、ですか」
「やっぱり自分がいいなと思えるプロジェクトはすごくイキイキする。クライアントの要望で急に開発期間が縮んだり、バグが起きたりして、イライラすることも起こるけど、自分でもやっぱりほしいなと思えるものだとやりつづけられる」

彼はうっとりしながらしゃべっていて、ブラインドの隙間からそそぐ昼の太陽が彼の張りのあるおでこを明るく照らしていた。

仕事は頑張る部長だから、こうした熱を帯びた発言は週に2、3度ペースでやってくる。

私はそこまで仕事に熱意を抱いていないから、いつもなら右から左へと耳を通り過ぎていってしまうような発言だけれど、今回にかぎっては何かが頭をひっぱるような感覚があった。

自分が欲しいと思えるかどうか。

相手がどう思うか、ちゃんと期待を満たせているか。新卒として仕事を初めて4カ月、私はそういうことばかりを、もはや自分を縛る鎖のようなものとして考えて仕事をしていた。

でも、きっと考慮にいれるべきはそれだけではないのかもしれない。これでよいのだと進めていくために、結局必要なのは、自分が欲しいと、良いと思えるかどうかなんじゃないか。

「確かにそうですね。自分が欲しいと思えるかどうか。ですね」
「そうなんだよ。やっぱりそうなんだよな」

黒田部長はそういって、再び視線を自分のパソコンモニターに移し、口をきゅっと結んでまた無数のメール作成を始めた。

きっと、彼なりに何事もなかったかのように仕事をしているつもりなのだろうけれど、彼の太い眉は普段の二倍くらい力が入っていて、眉間に一本しわが入っていた。会議中に笑いをかみ殺すときの、えくぼも浮かんでいた。

第10羽につづく🐥≫


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