【小説】にわとりたまご🥚 第10羽
🥚高橋さき
ガラス張りの高層ビルに隠されて橙色に染まった西の空はみえないけれど、その光の一部がビルに反射してきて、8時間近くブルーライトを浴び続けて
ドライアイ気味の目がチクチクした。
「おわるときって、どうあるべきなんだろう」
「終わるとき?」
「花みたいに綺麗に散るか、爆弾みたいにボカンと跳ねるか、そもそも何もしないで去ってしまうか」
みいあちゃんは、ピンク色に染まった髪の毛を一束つまみ、ふぅっと息を吹きかけた。シルク素材のパジャマを着ている彼女は、動画では見ないような、どこか遠くを見るような目をしていた。
みいあちゃんは結局、住所特定されてしまったことに恐れをなして、同じ階に住んでいたほのかちゃんの家に潜り込み、昨日から居候をすることにしたみたいだった。
そうして、私を含めた3人は、ほのかちゃんの家に集って、卒業動画と卒業公演をどうするか考えることになった。
「なんか、みんなを巻き込んでおいてごめんなんだけど、ほんとにやるべきかなって不安になってきちゃったの。自分で言っておいてって感じなんだけどね。
ひだかさんって人、口が上手だから、その時はついやるって言っちゃったけど。やめるってあんな誠実じゃないやり方で突然言った人がつくったもの、見たいかなって」
彼女は窓の方をみやり、ひざをかかえる。
動画で見たときに受ける存在感に対して、小さくなってしまうようだった。
「わたし、みたいです。絶対絶対絶対みたいです」
ほのかちゃんは、みいあちゃんの方を見つめる。
窓からの夕暮れの空が彼女の鼻より上あたりを照らしていた。橙色のハイライトが、彼女の目を使命感とお願いと憧れを詰め込んだ宝石箱みたいにしたてあげた。
わたしの話になっちゃうんですけど、とつぶやき、さっきまでソファで座っていたところを立ち上がって、話を始めた。
「わたしの父、起業していて。COMATSUグループっていう、アプリとかをいろいろ出してる会社なんですけど。朝早く出て夜遅く帰ってきたり帰ってこなかったりなんです」
COMATSUグループは、日本のITベンチャーとしては最大手で、ソシャゲから動画アプリまで何でもやってる企業。私も就活のときに受けて落ちたところ。
「母は、家に全然帰ってこない父に嫌気がさして出ていきました。知らないITベンチャーの代表と一緒に。一昨年くらいのことです。
一人いなくなったら、家が世界一音がしない部屋みたいに静まり返っちゃって。ここ防音完璧なので。
高校では勉強もしてるし、部活も美術部入ってるんですけど、家帰って動かないでいることができなくなっちゃったんです。止まっちゃったら背中からコケが生えて何もできなくなりそうになって。
でもお金はあるから、ピアノとかギターとか、いろいろやったんです。でも、別に上達しなかった。ネット見たらわたしよりうまい人っていっぱいいて。
何やっても、何試しても、どうせ上手くなれないなら無駄だって思ってやめちゃったんです。
父がCOMATSUグループの創業者で、お手伝いさんがくるタワマンに住んでて。たぶん親が社長だってこと、もうみんな知ってるから、何やっても親の七光りってなって。
意思もない、何をしたいとかもないし、やっても無駄ってなって途中であきらめる。でも動かなきゃいけない焦りがわたしにぴったりとついてくる。
寝ると動かない状態になるじゃないですか。止まった状態が怖くて、夜も寝ないでずっとYouTubeみてたんです。
唯一続いたのがたまごサンドづくりと、美容に気をつかうことなんです。
頑張ろうって思えたのは、みいあちゃんがはじめてなのに、いろんなメイクをして、いろんな姿になって、人にわかりやすく解説して、自分の表現の幅を広げてるのがいいなって思ったからなんです。
誠実じゃないなんてことないです、なんならこのままやめちゃう方が、こんなに化粧とかYouTubeとか頑張ってきたみいあちゃん自身に不誠実なんじゃないかなって思います。
だから、最後の動画、絶対見たいです。みいあちゃんが思う最高の化粧とおしゃれをみたいです。
この前やってたちょうちょが目の中で飛んでるみたいなメイクやってましたけど、もっとメルヘンな感じで鏡の国のアリスみたいなメイクとか」
ほのかちゃんはひとしきり話続けおわった後、一瞬目を伏せ、顔を紅潮させていた。
「すみません。熱く語っちゃって」
みいあちゃんは、ほのかちゃんの方をじっと見つめていた。彼女がまばたきをするたびに、ラメ入りのアイシャドーがきらめく。何も言葉を発さず体育座りを貫く姿からは、彼女が何を思っているのかは難しかった。
でも、私の思いはほのかちゃんと同じだった。
「もしやってくださるなら、動画も公演も、自分が欲しいものかどうかで企画を考えてほしいです。
仕事中、ずっと今回のアイデア案を考えていたんですけど、私は何も思いつきませんでした。アイデアが思いつく方じゃないのだと思います」
私はみいあちゃんと大学受験、就活、社会人としてはじまった生活を乗り越えてきた。ほのかちゃんと一緒で、彼女にはずっと助けられてきた感覚があった。
でも、好きだからといって、私は彼女のどんな姿を見たいのかの答えが出ててくるわけではなかった。
「でも、私は、みいあさんが欲しいと思うものなら、私はなんだって欲しいし、見たいです。案だしはほのかちゃんにお願いしたいですが、それ以外のスケジュールとか予算の管理はなんでもお任せください」
私にはほのかちゃんほど具体的にアイデアは思いつかない。
でも、彼女と同じくらいたぎる思いがあるのは嘘じゃない。会社で培ったスケジュールと予算管理能力しか使うことができない、けれど。
「自分が欲しい、と思えるものなら、なんだってわくわくしますから」
自分が欲しいと思えるものを見たいし、それに携われる。そんなことができたら。
「……ありがとう」
みいあちゃんは、まつげが覆われた目を細めた。
「みいあちゃんの動画のオープニング作ってくれた人にも、今回何か依頼できたらいいですよね。そういえば、このオープニングってどんな人につくってもらったんですか?」
「Sasamotoさんっていう3Dの映像作家に作ってもらったの」
「え、笹本?」
突然、私のスマホが振動する。ひだかさんからの着信だった。
「もしもし笹本です」
「はい」
「ちょっと、みいあちゃん連れてコンビニ来てくれますか? 今」
「はい!?」
「経緯はあとで説明する。じゃあ」
好きなお寿司はなんですか?