見出し画像

梅雨に色めく白ワイン

「金曜日の解放感」ってあんまり感じられない。なんでだろう。そんなにしんどくないからかもしれないし、どうせすぐ月曜日が来るじゃないかと思っているからかもしれない。

帰り道、電車の中はむんわりしている。梅雨のにおいと金曜日の空気が混ざって、この上なくむんわり。けれど、今日は雨じゃなかった。一日中ずっとくもり。「関東地方では夜から雨が降るでしょう」と今朝の天気予報が言っていたが、見事に外れ。梅雨の天気予報は当たりにくいらしい。雨が降らなくとも梅雨のにおいは充満している。

今週の私は紫陽花の葉の上を這うカタツムリのようで、仕事が上手に進まなかった。自分では歩みを進めているつもりなのに、振り返ると全然進んでいない。今週はこんなものかと思って、あんまり気に病んでもいなかったけれど、やっぱり心は少しだけじめじめした。鮮やかな紫陽花の隙間を縫うカタツムリは全然鮮やかじゃない。

電車から降りても相変わらず湿気は身体にまとわり続けていた。街も梅雨のにおいに溢れていて、どこにいても逃げ場がない。いっそのこと、潔く大雨でも降ってしまえばいいのに。湿気だけ身にまとって損した気分だ。

家路に向かっていた足を止めて、くるんと振り返った。逆向きに歩き出す歩幅は大きい。このまま帰るのが嫌になった。禊をしよう。梅雨にぴったりなあのお酒で、身体の中から全部綺麗にしてしまおう。

この店はいつも静かで落ち着いていて、金曜日夜ならではの喧騒とは無縁だ。金曜日は逆に人が少ないようにさえ思う。一番奥のソファ席に陣取って、メニューを眺めた。

私は梅雨の白ワインが好きだ。ワインに詳しいわけではないから本当のところは知らないが、梅雨は白ワインをおいしくする。いや、白ワインが梅雨をおいしくするのだろう。身体に憑りついている湿気を全部吹き飛ばしてくれるから。外に漂う梅雨の空気を他人事のように眺めて、おいしく白ワインを飲むのだ。

グラスで頼んだ白ワインが手元に届く。グラスが細かな水滴で曇っていて、冷たい液体を想像させる。ひとくちめは小さく。ふたくちめは大きく。こくりと喉を通すと、髪にまとわりついていた梅雨が逃げた。

グラスの水位が下がるにつれて、湿気で何倍にも膨れていた身体が正常にしぼんでいく。一杯なくなる頃に、ようやく身体がリセットされた。

カラリとした店内から眺める梅雨は嫌いじゃない。窓の外には、慌てて傘を差す人々が見えた。

★女ひとり酒さんシリーズ★
この投稿から生まれたストーリーです!インスタグラムもよろしくお願いします。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?