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【恋愛小説】私のために綴る物語(59)

第十一章 私達の物語(1)

 二人で暮らし始めた頃、晴久からの招待が来ていた。

 当日、金曜日は皆で早く、仕事を切り上げる日になっていた。頑張って早めに戻って、着物を着てみた。即席で身につけたお太鼓は形をどうにか作れていて、これなら行けそうだと思った。史之の方は濃い藍染の小紋の着物が、色白な顔立ちをキリッと見せてとても似合っていた。黒地にうっすらと織りで縞を見せた袴をつけ、長身をスラリと見せる姿から多香子は目を離せなくなっていた。時代劇に出てくる皆が憧れる若様がここにいた。

 待ち合わせのホテルに到着した二人は、晴久と文華を探した。こちらはスーツとドレスで華やかだった。晴久は、史之の着物姿が予想通りの良さに満足だった。そして、ショーの会場の屋敷についた。そのままレセプションコーナーに行き、ウェルカムドリンクをもらって、話に花を咲かせていた。

「史之くんのその着物すごく似合ってますね」
「母親の見立で、お茶会に連れて行かされたときのものです。季節が今くらいだったから。これでいいかと思いまして」
「日本橋の老舗の若旦那って感じ」
 文華が笑って言った。
「それじゃ、巾着でも持ってくるくる回さなきゃな」
 それはきっと朝のドラマの影響ではと、多香子は笑っていた。しかも日本橋じゃなくて、大阪だったはず。
「それよりも、晴久さんと文華さんが、仲良く一緒で良かったです。これで、楽しくなりそう」
「一応、契約成立というか、僕のこと文華のことお互いのこともっと知ろうとなったので、その報告も兼ねて」
「僕も良かったです。これで、また広がりそうですね」
 ちょっとソワソワと、周りを見ている史之に、気がついた多香子が話しかけた。
「晴久さん、文華さん、ちょっと見物に二人で回ってきます」
「ごゆっくりどうぞ。真ん中の後ろの席を取っておくから」
 文華が答えていた。

 史之と多香子は今日の会場を回っていた。古い由緒ある大広間のある屋敷を借り切っているので、史之には気になるところがかなりあった。
「こういう梁とか欄間とかは、今じゃ結構貴重なんだよ」
「保存する建物って結構あるものなんだ」
「そう、気がつかないけど、貴重な建物って結構あるんだ」
 史之は家具の影で多香子を抱きしめていた。多香子はその事自体が不満だったようで、文句を呟いていた。
「全く、着物を着ると男どもは」
「そう、発情するね。みんなこうしたがる」
 後ろに回ると合わせから手を入れていた。
「うんいや、こんなところで、止めて」
「ここだからいいんだよ。みんな僕らを避けていく。さっきの目線とは大違いだ。誘うように見ていた連中が呆れたようになってる」

 頬が赤くなっていた多香子を見ていた。胸の膨らみに手が当たって、感じていることは明らかだった。首筋に唇を当てると、吐息が漏れていた。ぎゅっと目を閉じて、こらえている多香子を見ると満足だった。これが僕らの姿だと。

「恥ずかしがることないさ。きっとみんな、やることしか考えていないんだから」
「全く、そろそろ晴久さん、待ってるよ」
「席に戻ろうか」

「ふーちゃんが盛りのついた猫になってる」
 文華は呆れていた。こんなに人のいる前で、大して隠れていないのは、自分にもしっかり見えていたからだ。
「着物を着た女性には、仕方ないですよね」
 史之は晴久に同意を求めていた。文華と多香子はいたずらが過ぎていると、あきれていた。
「僕も同意見だよ。多香ちゃんも、もう少しえりを抜くと良いのに」
「ですよね。僕もそういったのに。まぁ、いいです。帰ったら、ここでもらった刺激と合わせて、寝かせないつもりですから」

 史之の流し目で目があった多香子は、それだけで身体が熱くなっていた。側にいるだけで震えそうな気がした。

 会場が暗くなって、ショーが始まった。ほのかな光に照らされて、能面の役者が出てきた。幽玄な雰囲気の中薄物をまとった女性が引き出されてきた。腕を縛られて、胸を露わにされると、鞭で打ち据えられた。しばらくムチの音が響いていたが、時々龍笛が鳴っていた。
 そのあとには、女性は手と足も縛られて、宙づりにされていた。鞭打つ音と女性の喘ぎ声、そして龍笛。音がここが現実なのか夢なのかわからない世界を彩っていた。
 翁の能面のまま打ち据えるというのは、不思議な色気があると多香子は思った。あの世から来た何かが、現代の女性を苛める。エロスだけでない現実を、見つめさせられている気がしてきた。
 そう思った途端、身体が熱くなって、震えてきた。史之が何かを感じたらしくて、手を握ってくれた。そのぬくもりが余計に官能を呼び起こして「はぁー」と声を漏らすことになった。

 目を閉じていると、史之が耳元で囁いた。
「見ていなきゃ駄目だよ。あれは君なんだろう。いつか僕がもっと感じさせてやるから」
「なんでだろう、すごく感応するの。笛の音がするからかな。女性の悲鳴にも聞こえて」
「体が疼くんだ」
「気持ちは落ち着かなくなるし、なんか身体が熱くなってきた。史くんの手の感覚がざわざわする」

 目だけが笑っている史之の横顔は、能面のようだった。いつかこの姿のまま、責められたいと心の底から願っていた。

 ショーが終わると、深夜までやっているというレストランに4人でいった。晴久と文華は待ち合わせのホテルに泊まるというので、ワインを飲んでいた。史之は帰るというので、多香子も従うことにした。車を運転する史之を気遣って、多香子は最初ワインを遠慮しようとしたが、史之は飲んでいいと言っていた。

「面白かったです。本当に緊縛を知りたくなりました」
「それは良かったです。僕もぜひやってみて欲しいと思います。分かる範囲でお教えしましょう」
「ありがとうございます」

 史之と晴久が緊縛の師弟関係を作ろうとしているのを見て、多香子と文華は嬉しそうに笑った。ついワインに手が伸びた多香子は史之に確認していた。

「本当に飲んでいいの。こんなに美味しそうなワイン嬉しいけど、史くんは」
 晴久は史之を見て笑っていた。
「晴久さんには下心を見抜かれてますね。多香子はこういう時、隙だらけだから」
「隙だらけってどういう事」
「酔い潰れたら駄目だけどね。でも、お酒は催淫剤とも言うし。多香子は酔ったほうが色っぽいからね」
「またぁ、史くんのリミッターが」
「そう言えば、今日の女性陣にかなり人気でしたよ。史之くん」
 晴久はどこか満足げに見えて、多香子には少し不安があった。
「まさか、床入りのお誘いでも。そんな事あるんですか」
「僕のゲストなのは、気がついたようで。知り合いが紹介してくれって言われたと困ってました。断っておきましたけど」
「そんな事、当然じゃないですか。晴久さんもわざわざ言うことじゃ」
「良いんだ、多香子。そういう繋がりでも、必要なことがあるって、晴久さんは言っているんだ。相手は地位もある人だから」
「それが、大人の、この世界の関係ですから」
 多香子はむくれていた、それを見て史之は河豚になったと笑い転げていた。
「多香子、可愛い。河豚も可愛いから、見分けがつかなくなるけど。今度水族館に行こうか。河豚に多香子って、話しかけそうだ」
 一層頬を膨らませて怒って見せる、多香子を面白がって笑っていた。

 この青年の子供っぽいところと、大人なところのギャップが面白かった。そして思ったよりも、この史之の中に野心みたいなものがあるのかと、晴久には気がつくところがあった。目立たせた甲斐もあったということだ。

「ねぇ、多香ちゃん。あっ多香ちゃんて言っちゃった。いいよね」
 文華が雰囲気を変えるように話しかけていた。
「全然OKです。ふみちゃんでいいですか、私も」
「史くんと紛らわしいでしょ。だいたい、ぶんちゃんって呼ばれるんだ。親戚ふみちゃんだらけだから」
「そうなんですか。じゃぁぶんちゃん。よろしくね」
「そう言えばふーちゃんて、溺愛されて育ったから、要注意なんだよ。多香ちゃん頑張ってね」
「おふくろはどうでもいいんだ。大人なんだから」
「そう言って、ふーちゃんは嫌がるけど、束縛してくれる人がいるのも羨ましいけど」
「束縛が羨ましいんですか」

 多香子が反応していた。そんな事を考えたこともなかった。面倒、うるさいということで、離れることしか考えたことがなかった。史之も不思議そうな顔をしていたけど。

「多香ちゃんもね。方向は面倒かもしれないけど、それだけ気持ちのある人がいるってことだからね。いない、私には羨ましかったな。今はね晴久さんの事、なんか嬉しいの。こういう人もいるんだって」
「文華はファザコンも入っているから。晴久さん大変ですよ」
「僕も激重な感情を持っているから、つい束縛してしまうんだ。受け入れてくれる、文華に会えてよかったんだ」

 多香子はそう言った晴久に笑いかけていた。何かというと逃げ出していた自分とは違う文華が、良いパートナーになっていることで余裕も感じられてうれしかった。落ち着きを感じられる晴久と文華と違い、束縛を嫌がるのに束縛しないといけない自分たちはなんだろうと、史之の顔をまじまじと見つめていた。

「なんか、多香子が我慢できなくなっているようだ。僕たちはこの辺で帰ります。ごちそうさまでした」

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