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【小説】奔波の先に~井上馨と伊藤博文~#149

26 明治14年の政変(3)

 博文は熱海に馨と大隈、黒田を熱海に集めようとしていた。特に黒田を、議会設置に前向きに、させようと考えた。
 馨と大隈には君たちの宿は眺望がとても素晴らしいので、絶対に来てくれないと困る。もし来てくれなかったら罰金を払ってもらうよ、だから1月10日には来て欲しいと博文は文を書いた。

「どうだい、ここはいいところだろう。見晴らしだけじゃなく、湯もいいんじゃ。聞多も骨休めができると思う」
「たしかにの。ただ、黒田には骨が折れそうじゃ。大隈も来るんじゃろ」
「難しいことは基本なしじゃ。黒田とわかりあえんといかんな、と思っただけだ」
「それは、俊輔の本音か」
 馨は博文の顔を覗き込んで、笑いながら言った。
「とにかく、黒田は前向きどころか、必要と思っとらんだろう。それを説得するんじゃ。まずは気持ちを緩める」
「それができるとええなぁ」
「聞多、真面目に考えてくれ」
「わしも景色と湯を楽しみに来たんじゃ。俊輔がそう言っとったじゃないか」

 大隈がやってきた。一人ではなく、矢野文雄を連れてきていた。黒田もやってきた。事前に黒田を説得するよう依頼していた、西郷従道だけでなく五代や前田を連れてきていた。
「おいは議会や憲法の必要性がわからん。五代らがこれだけ集まるのなら、ぜひ参加したいと言うから一緒に来た」
「伊藤さん、井上さん、政府の権力を制限するんは早いのじゃなかとか。産業が形になるまで、大久保さんのやっとったことを続けてほしいんじゃ」
 五代はあまり前向きでは無いようだった。これでは、黒田をなだめるのは、難しいと博文は思った。

「全くどうなっちょる。黒田には五代・前田、大隈には、矢野文雄じゃ。これでは、立憲政体の話し合いにはならん。財政を話し合っておるようでは、大隈ともうまくいかんぞ」
 博文は苛立ちを隠せなくなっていた。
「俊輔、まだこれからじゃ。ここでイライラしていても始まらんぞ」
「聞多に言われるようじゃ、僕も終わりじゃ」
「そう言っておればええ」
 馨は笑っていた。それを見て博文も笑った。すこし、力が抜けたようだった。
「わかったよ、聞多。成果を気にするのは止めた。財政論でもやっておれっじゃ」
「とりあえず、わしらと大隈は、議会と憲法を進める事は、確認できたのじゃ。それだけでも、ええのじゃないか」
「聞多の言う通りじゃ。それでええとするしかないの」

 実際、黒田は結局財政論となり、北海道開拓使が問題となったりしたことで、博文や馨と議会の話題では、話し合いを持とうとはしなかった。
 その結果、議会や憲法を中心とした政治運営をするよう、すすめることを確認したのは、大隈と博文、馨の三人だけのことになってしまった。この熱海での場は成功とは言えるものではなかった。

 熱海から東京に戻り、馨は福沢にここまでの流れを踏まえて、説得をしようとしていた。
「福沢さん、よくおいでじゃった。大隈や伊藤と話を詰めてきた」
「井上さんたちの進める新聞は、議会を意識したものと言うことで良いのですね」
「そうじゃ。実は我らは議会の開設を考えておる。いずれはイギリスのような形にしたいものじゃ」
「立憲君主制、議院内閣制ですか」
 馨は笑っただけで、答えなかった。それを福沢がどう読み取ったかまでは、馨は意識していなかった。
「政党はどうなさるのですか。きちんと議会で話し合える者達も、育てていかなくてはなりませんなぁ」
「そうじゃなぁ」
 福沢の言葉が熱を帯びてきているようだった。
「もしかして、政権交代などということになりましたら、井上さんも下野なさることに。でも、民党には政権能力はないでしょうから、大丈夫かと。すぐにお戻りになれます」
「そのようなこともあるかもしれんの」
「私も、前向きに考えさせて、いただきたいですな。ところで、議会の設置はどれ位を、目処とされるのですか」
「いろいろ、頭の硬いお人も多かろう。難しいことも多くての。三年くらいは見て欲しいところじゃ。新聞について、前向きに考えてくれるとは。それは助かる。よろしく頼む」
 福沢にとってこの話は刺激的なものとなった。政府内の有力者である、井上馨がイギリス的立憲政体に興味を持っていること、がわかったのは成果だと思っていた。

 しばらくして、福沢は大隈にも確認をしていた。
「井上さんは、議会や政党にもご感心をお持ちのようですが、大隈さんはどう思われますか」
「井上はそうであろうな。だが、伊藤がどう考えるかが問題である。吾輩も福沢さんの立憲政体に関するお考えを詳しくお聞きしたい」
「それならば小野梓を頼りにされたらいかがです。交詢社でも中心人物として、意見の取りまとめなどもしております」
「そうでしたな。これからは小野などにも、相談することに」

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