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【恋愛小説】私のために綴る物語(52)

第十章 責め絵の女(1)

 多香子は晴久から逃れるように連絡を取るのもやめていた。
 そしてサッカーの観戦会にでて、みんなと騒いでと、そんな日常が何回か繰り返された頃、夕食を一緒にしようと、史之が呼び出した。
「今日は、僕も飲みたいんだ」
 連れて行かれたのは、おじさんたちの楽園のような焼き鳥屋だった。
「お腹が空いているから、先にご飯物でもいいかな」
「好きにどうぞ」
 お任せの焼き物とつまみキャベツ、焼き鳥重といったものと酎ハイが並んだ。
「うん、美味しい。こういうところには一人では無理だからうれしい」
 そう言って頬張る多香子を、史之は複雑な思いで見ていた。
「あんまり呑みすぎないでくれよ。わかっているんだろう」
「わかってる」

 多香子は向かいあっている史之の足を絡めていた。史之もふっと笑ってみせると、多香子は頷いたようだった。
 食べ終えると店をあとにして、近くのラブホテルに入った。

 部屋に入ると、多香子は後ろから抱きしめられた。史之が耳元で囁いた。

「多香子は命じられるの嫌いじゃないだろ。感じるまま声を上げるんだ。僕に、君の声を聞かせて欲しい」
「私は自由にしているつもりだけど」

 それを史之は無意識に刷り込まれてしまったのかと、がっかりしていた。
「多香子、一緒にお風呂に入ろう。久しぶりだし」
「いいよ」

 多香子は史之にキスをすると、そのままシャツのボタンを外し始めていた。それを見て、史之も多香子のシャツのボタンを外し、下着姿を眺めた。

「今日はあの下着をつけていないんだな」
「あれは、止めた。第一、史くんに会うのに失礼だし。でも、きちんと勝負下着だよ。史くんに欲情してもらわないといけないしね」
「すぐ脱がしちゃうのに。それじゃぁもう一度キスしようか」

 史之は多香子を壁に押し付けていた。ブラジャーのホックを外し、スリップの上から胸をなぞった。多香子は唇を吸われると史之を抱きしめていた。ショーツの上から撫でられると、感じるままに体が揺れだした。史之が口を離すと、「あっ」と声が漏れた。
 そのまま指を差し入れながら、首筋を唇で辿っていた。「う~ん、あーぁん」と多香子が声を上げると、「ごめん、このまま君を抱きたくなった。ベッドに行こう」と耳元でささやいた。

「結局、勝負下着もここまでだ。脱がせていいな」

 多香子のスリップとブラジャーを脱がすと、キスをして覆いかぶさるように倒していた。多香子も史之の口を貪っていた。多香子の腰が上がると、ショーツも脱がされた。

「多香子のいやらしい身体。僕を誘ってるね」
 これが、最後のチャンスかも知れないと多香子は思った。

 キスの後胸の膨らみに唇が当てられた。固くなった蕾を転がされると、なんとなく声が漏れていた。胸を揉みしだかれると、身体はもっと快感を欲しがって、動くけれど、声が出ない。吐息しかでない中、頭は白くなっていく。

 流石に史之は感じやすいところを責めてきた。息が苦しくなって、喘ぐけれど、声にならない。段々動きが弱くなってきて、手が止まった。

「多香子、声を上げるって約束したね。そのためのラブホだって」
「あぁ、イキそうなの、止めないで」
「だったら、声も出るはずだ」
「史之にも気持ちよくなるように動いているはず」
 多香子は声をあげられていなかった。
「じゃぁ、こうしてみようか」
 史之が避妊具をつけて挿れてきた。

 きちんと密着するように腰の下にクッションまで。大丈夫感じてる、だからイキそうになってるし。それなのに。
「多香子、感じてるか。こんなに動いているのに、ため息が少ししか聞こえない。もういいや」
 やっぱり無理だったか。これではっきりできると史之は結論を出した。
「なんで、急に。今までだって」
「ずっと言ってきたはずだ。君の啼き声を聞かせろって。それって、多香子の悦んでいる声を、聞いていないってことだ。僕とのことよりも、あの人とのことのほうが、君には重要ってことだろ」
「そんなことない。もう連絡も取っていないし、史之の優しさに、甘えることだけど、このまま続けていけると」
「それじゃ。きちんと話をつけてきてくれ。槇村さん、君に会えないかってこんな物送ってきた」

 そう言って、鞄の方に取りに行くと、封筒を多香子の前においた。
「どうして、これが史くんに?」
「実は山口から帰って、会ったんだ。その時名刺を交換した。それで君と連絡が取れなくなって、渡してほしいって、送られてきた。会って、きちんと話をしてくるんだ」
 多香子は封筒を開けていた。六本木の美術館の内覧会の案内状だった。夜行われるもので、来週の金曜日、始まる前に待っているから来てほしいと書かれていた。

 切れ長で美しい情念たっぷりの目と、冷たい声、抱きしめられた時の熱が蘇ってきた。

「待って。もう会わないって決めて、逃げ出してきたのに。会えって。無理。怖いし」
「そんなことだと思ったよ。道理で、槇村さんが僕に連絡を取ってくるはずだ」
「嫌、会わない。それよりも史くん、結婚しよう。だって、愛してるの史之だから」
「だったら、槇村さんにそう言って来てくれ。僕も迷惑だけど、嫉妬して、邪魔していると思われるのは、もっと嫌だからな」
「ねぇ、行かなきゃ駄目かな。そうだ史くん、一緒に来て。そうすれば心強いし」
「なんで、そんなに怖がるんだ。それは、多香子が槇村さんに落ちているのを、認めたくないだけじゃないのか」
「そんなこと、よく言えるね」
「図星だろう。流石に僕も多香子とのこと考えるようになったよ。冷静に考えれば、そういうことだろうって。槇村さんに会うんだ。もし、また僕に連絡が来たら、君とは絶交する。僕の名誉もあるんだ。いいな」

 情けないけれど、多香子は泣いていた。史之の胸を叩きながら泣くしかなかった。史之はそんな多香子を、抱きしめることはなかった。

「ずるい。ひどい。私を愛しているんじゃなかったの」
「確かにずるいかもしれない。でも、あの人は君を必要としている。僕にも分かるくらいだ。大人なんだから、君はしっかり自分の心と向き合って、槇村さんとも向き合うんだ。君が槇村さんときちんと話をつけられたら考えてもいい。でも無理だろう。僕だって、君に一方的に振り回されることに疲れたんだ」
「無理だろうって。絶交されたくないから、会いに行く。でもそうしたら、多分」
「それに、僕も謝る必要がある。僕も、君以外の女性と愛し合った。彼女とは最初で最後と思ったけど、思いを遂げるって凄いパワーがあるんだな。その人を思うと、運命と覚悟を感じるんだ。僕の普通に結婚ということも幻想になりそうだ。もしかしたら本当の幸せって、こういうものかもしれない。そもそも君は結婚したいとも思わないのだったな」

 そういうことなのだと、思い知らされていた。それでも史之の言う別の女性を考えていた。生々しく浮かぶ史之の情事に多香子の心は焼けるように痛くなっていた。

「もうこういう夜も、最後だということなの」
「そう、たぶんね。いや、もう終わりだ。多香子、帰ろう」


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