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【小説】奔波の先に~聞多と俊輔~#134

24 維新の終わり(5)

 ドイツのベルリンの公使館には旧知の青木周蔵がいる。同じ長州だし、色々相談したいこともある。だが、青木は現在進行の問題を抱えていた。
「やぁ青木、いつ以来じゃの。一度帰国した時に木戸さんの所で会って以来かの」
「多分それくらいじゃないですか。それにしても、いつもお元気で」
「ふーんおぬしにはそう見えるか」
「何かずいぶん絡まれているような」
「聞いたぞ、白い肌の女人と良い関係だとな」
「そのことですか。是非とも井上さんには、お力添えを頂きたいです」
「なんか青木の家とも、ずいぶん困ったことになっとるらしいじゃないか。あちらも家の事守らんといけんからな」
「なんとかそちらからは籍を抜けそうで、ホっとしとります」
「そうすると、外務省と婚姻の成立の届けの問題じゃな」
「はい、木戸さんにもお骨折りいただいでます」
 木戸の名前が出て、いままで笑いながら、青木をからかうようなことを言っていた、馨の顔が陰った。
 青木は失敗したと思ったが、これからもっと重要なことを言わないといけなかった。このことについて、木戸から馨が青木の元を訪ねたら、気をつけながら話すように、文をもらっていった。
 そして、公使館留めできていた馨宛の文を渡した。
「井上さん、大丈夫ですか」
「別になんでもない。前原さんのことか」
「萩で前原さんが兵を挙げました。ただ、広がりはなく、あっという間に鎮圧されたようです」
「そうか。結局な。無駄なことじゃ」
「木戸さんは大久保さんのやり口に怒ってらしたが」
「前原さんを挑発したと言うんかの。前原さんはわしが日本に居るときにもやっていた。出てくる前、萩で会おうとしたができんかった」
「熊本でも士族の反乱が起きとります。税金の不満から農民一揆も発生しているようで、木戸さんの気苦労も耐えないようです」
「俊輔も狂介もしっかりやっとるんかな」
「心配することはないでしょう。反乱兵に打ち破る力などないです」
「そうじゃな。俊輔にも弱腰を見せるなと発破をかけておこう」
「そうです。井上さんも三年間みっちり勉学されるのでしょう。それならば僕も任期が終わります。その時は一緒に帰国しましょう」
「ほう、そうか。桂も一緒に帰国するか」
 馨と青木のやり取りを見ていた、桂太郎が話に入ってきた。
「青木さんと井上さんとご一緒できるのなら、帰国も楽しみになります」
「今度の週末婚約者の家のパーティに、井上さんも奥方様と一緒に出席してください。あちらの親にもこちらのこと、知ってもらうよい機会じゃと思いまして」
「わしらはドイツ語はようわからんけどな」
「大丈夫、英語がわかりますよ」
「そうか、良い実地の勉強になるの」
「ぜひ」
「それじゃあまりワイフをほっておくのも怖いからの」
「またこんど」
「ぜひパーティのときにでも」
 青木と分かれて公使館を出ると、真冬のベルリンの寒さがほてった頭を冷ましてくれた。
 前原が攘夷派を道連れにして逝った。そう思えば無駄ではなくなる。だからといって、なんども前原を萩から遠ざけようとして、失敗した後悔も消えるものではない。しかし……。いや国内の混乱を見越して出てきたのだから割り切れ。あとは、薩摩か。

「あぁ武さん帰った」
「いかがでしたか」
「あぁ」
「このベルリンというところは、クリスマスマーケットというので賑やからしいですよ」
「明日はお末も一緒に参りましょう」
「そうじゃな」
「どうかされました」
「木戸さんも松さんもこちらに来るのは難しくなった」
「さようでございますか。大丈夫です、きっと。パリの博覧会は来年ではありませんか」
「そうじゃな」
 馨は武子の励ましに、笑ってみせた。落ち込んでいるのを、見せるわけにはいかないのだ。
「そうじゃ大事なことを忘れとった」
「いかがされました」
「青木がな。ここの公使なんじゃが。ドイツの貴族の娘と婚約しとるんじゃ。それで、そちらで行われるパーティに出てほしいとのことじゃ」
「まぁ、それは大変です。準備をしなくては」
「やっと、こちらに来て学んだことが試せるの。武さんならうまくやれるじゃろ」
 馨は武子の顔を見ながら、不遜にニヤッと笑ってみせた。
「まぁ。そこまでの自信はございません」
 武子は衣装の確認に行ってしまった。
「あっそうじゃ。このパーティには日本から持ってきた服を着てほしいのだが」
 馨が隣の部屋の武子に声をかけた。
「どうしてですか」
「日本の絹の素晴らしさを、ドイツの人に見せてやるのじゃ」
「ずいぶん大層なことになりますな」
「知ってもらう。これはもう政のひとつなんじゃ」
「こころして、取り掛からせていただきます」
「武さんもずいぶん大仰じゃ」
 笑い合う馨と武子を、末子が不思議そうに眺めていたが、つられて笑いだしていた。

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