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【恋愛小説】私のために綴る物語(54)

第十章 責め絵の女(3)

 ラウンジの営業は終わっていて、人もまばらな中、ソファに腰を沈めた。

 まだ12時だった。無理すれば電車には乗れたかな。24時間営業のファミレスとか漫喫とか探して移動しようか。そんな事を考えていたら、目の前に人が座った。驚いて見ると、晴久が座っていた。冷蔵庫に入っていたような、ミネラルウォーターを差し出した。
「君の迎えが来るまで一緒にいる。それ位は良いだろう」
「本当に金曜の夜に、来ると思うの?」
「本を読むのに邪魔だから、部屋に帰って欲しいんだけど」
 そう言われた晴久は、多香子の視野に入らなさそうなところで、見守ることにした。
 スマホで、本を読めば一晩位なんとかなるだろうと多香子は思った。

 1時間経たない頃、ホテルに入ってくる人達がいた。こんな隅で小さくなっていれば、やり過ごせると思っていたら、足音が近くで止まった。

「ここに居たのか。槇村さんは一緒じゃないのか」
 声をかけられても、背中を向けたまま動こうとはしなかった。声の主はわかっていた、史之が来たのだ。見守っていた晴久には、安堵する事ができた。
「人違いです。私は存じませんが」
「何を言ってる、多香子さん。話に来たんだ」
「人違いですから、別をあたってください」
「何をグズグズ言っているんだ」

 流石にもう我慢ができずに、多香子の腕を掴んでいた。史之は多香子を押さえつけると、近くにいるだろう槇村を探した。

「痛いんですけど。離してくれないと声を上げますよ」
 多香子も腕を掴んだ男、史之の方を睨んでいた。その後ろの方に、文華の姿も見えた。
「だから、あっち行ってよ。迷惑なの。後ろの女性にも失礼じゃないですか」
「こんな人に関わられるの迷惑。いいから手を離しなさい」
「大人しくするなら離す」
「わかった。静かにしますから離してください」

 ずっと睨みつけたままだったが、一瞬笑いかけた。ちょっとした隙を、見逃さず立ち上がると、史之に体当たりをして、逃げようとした。ロビーを走り出したところで前を塞がれた。立ち止まって見上げると、晴久がそこに居た。

「何なの。これ。関係ないんだから、邪魔しないでもらえますか」
「どこへ行くつもりなんだ」
「オールのできるところ。バーとかクラブとか。もうここには居られないし」
「どうせなら私の部屋でどうですか。夏川君もそちらの彼女さんも。多香子、君もだ」
「多香子と言われる覚えは無いんですけど」
「はぁー。澤田さんも。もう面倒だ」

 肩を掴まれると、抱き上げられてしまった。その後を史之と文華がついてきて、さっきまで居た部屋に戻っていた。

「ありがとうございます。僕がうまくできなくて」
 史之は晴久に頭を下げていた。
「文華は奥の部屋で寝ていいぞ。僕らは澤田さんを、どうにかしなくてはならないから」
 史之に言われて、文華は奥の部屋に入っていった。多香子は二人に囲まれて不機嫌の頂点にいた。
「夏川さん、迎えに来てほしいなんて、ひとっことも書いていないんですが。槇村さんと別れ話をきちんとしましたって、メッセージを送っただけです。もうほっといてほしいんです。文華さんも一緒なのに、失礼じゃないですか」
「文華の事はまた別の話だ」
「関係、大あり。デートの邪魔をしたことになって。本当なら、今頃恋人らしいことしてたんじゃないの。それが別れ話の知り合いに、邪魔をされて。いいわけないでしょ」
「文華が恋人って。それに知り合いってどういう意味だ」
「そうやって、誤魔化して。不満だらけのセフレ以下の女のために、カッコつけて。わかっているからいいです。絶交されるのを避けるためだけだったのだから。もう終わり。以上。さよなら」

 そう言って立ち上がって、多香子は部屋を出ようとした。すると史之にまた押し戻されて、座らされた。

「槇村さん、こいつを縛り付けてもらえませんか。せめて、始発まで。これじゃ目を離せなくて」
「そうすると結構時間がありますね。トイレも考えないといけないし。シャツは脱がしてもいいですか。それなら簡単に外に出られないだろうし、軽く縛れるんですが」
「あぁそれはいいですね。ちょっと、後ろから押さえてもらってもいいですか」

 晴久は、多香子の後ろに回って、肩を抑えていた。多香子は完全に怒っていて、もうだいっきらいとか、触らないでとか、ひたすら文句を言い続けていた。史之はうるさいとつぶやくと、その口をキスで塞ぎ、多香子のシャツのボタンを外していった。そこで、晴久がシャツを脱がすと、後ろ手に縛っていた。多香子はブラジャーとタンクトップが一体のを身に着けていて、男たちは顔を見合わせて笑っていた。

「そう言えば、結構早かったですね。ここに着くの」
「まぁ、美術館の内覧会に行っていたんです。たぶん、槇村さんの次の回位で。かなりゆっくり見て、気になった絵について、キュレーターさんと話をしていたら、これから食事をしますとかメッセージが来て。最後のここに居ますっていうのがホテルのロビーで。ただ、写真とそれだけの言葉で、どこなのかから探すのに手間取りました。文華がレストランのナプキンに気がついて、どうにかホテルを割り出したわけです」
「気になった絵というのは」
「女の『責め絵』です。ただでさえ問題作なのに、ここに置くことの意味を聞きました」
 史之はちらっと多香子の方を見た。どこかに君もこうされていたのでは、という思いがあったからだった。
「『責め絵の女』ですか。流してみてたら多香子に怒られました。あげく、あなたでは、私の旅を一緒にすることはできないって、言われましたよ。夏川くんはそう言うことにも詳しいと」
 史之はやっぱりと確信が持てた。あの女は多香子でもあったのだ。だから自分をきちんと見ろと、怒ったということだ。この男はそこに気が付かなかったことを、あまり気にしていないのかもしれない。
「まぁ、近代建築とかも好きですからね。それに美術史や文化史とか民俗学とかも学びました。建築の基本知識程度で、素人とは言えないかも位のところですよ」
「彼女はあなたを羅針盤にして旅をしたいと言ってました」
「槇村さん、余計なこと言わないで」

 多香子は思わず叫んでいた。相変わらず二人の方を見ることなく、窓の外を眺めていた。

「僕を羅針盤にして旅を」
 史之は多香子を見つめていた。最近ではあまり見せなかった、優しい目だったことに、多香子は気づくはずもなかった。
「人生の旅をしたいと。そうだったね、澤田さん」
「違います。そんな気は全くございません。いい加減なことを言わないでいただきたい。セフレなんて、ただの友人以下の存在なんだから、わかったようなこと言わないでいただきたい。この人には長年思い続けた人がいるんだから」
「……」
「ほら、何も言えないじゃないですか。そういう人なんです。もうあなた達とは一緒にいられないんだから、ホントほっといてもらいたい」

「そう言うことだと、一人でやっていくことに」
 晴久は何の気無しに尋ねていた。
「一人だって言ったって、友人はいるし。別にどうってことないです。仕事の他にもちょっと勉強をしてみようと思っていますし、槇村さんが心配することはないと思います。夏川さんも観戦友達というのは変わりませんから。そうだ、気になったときは、相談してもいいですか」
「それは当然OKだ。いつでもどうぞ」
「勝手なことばかり言うんじゃない」
 史之は多香子の言葉にかなり苛ついていた。
「君が頼るのは、槇村さんなのか。結局は槇村さんということじゃないか」

「何を怒っているんですか。文華さんというパートナーが居るんだから、夏川さんには、面倒をかけられないということじゃないですか。元カノだか、何だかわからない女が、周りをフラフラするのに、いい顔する女性なんていないですよ」
「だから、誰が文華のパートナーだって、いうんだ」
「話の意味がわからない。自分のこともわからない人に、何がわかるんだろう。文華さん以外にもいるってことか。あぁもう最低。眠いし、トイレにも行きたいので手の縄を解いてください。もう逃げませんから」
「それなら立って、スカートをこっちで預かる。それでいいかな夏川くん」


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