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【恋愛小説】私のために綴る物語(35)

第六章 再構築の前に(4)

 ハイボールや焼き鳥等を注文すると、ため息混じりに正弘が口を開いた。

「やっぱり俺たち駄目か」
「ごめんなさい。夏川さんとよりを戻すことになったし、それに」
「それにって」
「正弘の思っている女じゃない。もっと欲しい物に貪欲なのかもしれない」

 まっすぐに正弘の目を見て言った。自分の本当の姿は決して清純な女ではない。晴久と出会ってからは、恋愛にも自分の欲望に忠実だった。多香子は男から得られるものだけでは、満足しない女になっていた。

「他にも付き合っている人がいるって」
「そう。言ってみれば身体が先の関係」
「いつからなんだ」
「……。この前京都に行ったとき」
「そうか。俺じゃ満足できなかったということか」
「……。ごめんなさい」
「しょうがないよ。こうして会って話をしてくれた。多香子の誠意だろ。俺はこれで満足しなきゃいけないな」
 正弘は真摯に受けてくれた。嫌いにならずに良かったとおもった。

「ありがとう。それじゃぁ帰るね」
「金はいい。何かあったら奢ってもらうから」
「ありがとう」
「今日は素直なんだな」
「うん。それじゃ」
 頼んだハイボールは飲んで、多香子は席を立った。

 寂しさも幾分あったが、ここの猥雑なネオンに置いていこうと思った。風は生温くて体にまとわりついて、まるで何かが縋っているようだった。


 そしてピルの周期が来て、きちんと生理が始まると、晴久に伝えるべきか迷ったが、このことには触れず、日常のちょっとした楽しいことを、メッセージで送った。

 週末は久しぶりに野球を見に行くことにした。史之が迎えに来て、千葉のベースボールパークについた。ここは海風があると涼しくて気持ちいい。

「多香子何が欲しい?食べたいもの買ってあげるよ」
「お弁当買ってもらうだけで十分だけど。そうだ、ポップコーンも買って」
「わかったよ」

 史之は近くにあったワゴンで、多香子の希望通りキャラメルポップコーンを買って戻った。

「こういうのってたまに食べたくなるんだよね」
 多香子が笑いながらポップコーンをつまんだのを見て、史之も笑っていた。
「食べる? 甘いけど」
「キャラメルはいいや。席に行こう。飛ばされないようにな」
「はい、わかりました」
「元気でよろしい」

 二人で笑い合っていた。試合は日本を代表とするエースと新進気鋭の投手による投手戦になっていた。それでも、どうにか少ないチャンスをものにして千葉が勝利を収めていた。

「やっぱりかっこいい」
 車に乗った多香子が叫んでいた。
「どっちが」
 笑いながら史之が聞いていた。
「両方とも」
「君は本当に欲張りだ」
「ああいう試合を見ると痺れるし、うわぁって」
「たしかにね。今見ておくべき投手だからね」
「そう、旬の人の輝きって半端ない。素敵すぎ」
「多香子、僕は嫉妬しそうだ。キスしていい?」
「いや。そういう気分じゃない」

 プイッと空を見ていた。そんな多香子の引いた線を寂しいと思った。しかし史之は自分の過ちなのだからと、多香子が近づいてくれるのを待つことにした。

「どこかの駅で下ろしてほしいんだけど」
 運転席で車を動かし始めた史之に声をかけた。
「家の前じゃなくて」
「そう、何なら海浜幕張でもいいというか、海浜幕張がいい」
「そう、わかった。じゃあまっすぐ行く」
「ありがとう」

 すぐに海浜幕張の駅についた。多香子は車を降りて、遠ざかる車に手を振っていた。

 目的は野暮ったいと言われたワンピースに変わるデート服を買おうと思った。何店か見て、似合うと言われた色で気に入ったものがあったので買うことにした。

 あとは、誘いのメールを待つだけだった。


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