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【恋愛小説】私のために綴る物語(36)

初めての秘密の痛み(1)

 多香子は仕事と時々史之と一緒のスポーツ観戦という繰り返しを過ごしていると、あっという間に一月近く経っていた。

 千葉でのサッカーの試合の後、適当なところで夕ごはんを食べていた。来月千葉が山口で試合をする。その山口に一緒に旅行しようと、多香子が史之に提案していた。
 これまでも行きたいところがあると、具体的な旅行プランにするのは史之の役目になっていた。費用については、史之が支払ってほしいものを言ってくるので、多香子はその分を払うことにしていた。ただ、それを今の間柄に振り分けるのに、多香子は気が引けていた。史之の思いに応える時期が来ているのかもしれないと、多香子は思い立った。
 史之の車で近くまで送ってもらうことも復活していたから、テーブルには餃子とラーメンと烏龍茶が並んだ。

「なぁ、多香子。いつになったら許してくれるんだ」
「何を。許すって」
「共寝。山口旅行でもお預けって酷くないか」
「その話は。いまはちょっと」

 食事を終えて、車の中にいた。赤信号で史之は多香子の方を見ていた。そんな時にまさか晴久からのメールを待ち侘びているとは、言えなかった。
 史之とは最近では週一位で会っていて、自分の中では不公平だと感じていた。もはや流れに任せてこのまま行くのも、仕方ないかなと思わざるを得なかった。

 車を降りる帰り際、多香子は自分から史之にキスをしていた。

 家につくと多香子はまず、メールを確認していた。すると晴久からメールが来ていてショーのお誘いだった。日程を確かめると、ちょうど予定のない週だった。よろしくお願いしますとこちらも返事を送った。そういえばあの夜、鞭をください、と言ったことを思い出した。

 また直ぐに返信が来て、今度は自宅に招くとあった。自宅となると逃げ場がないかもしれない。もう覚悟を決めていくしかない。
 多香子は赤い縄で縛られ、鞭打たれて壊れずに済むのか心配でもあり、絵的に想像できそうな不思議な感覚もあった。思わず自分の胸を抱きしめていた。もう身体が熱くなってしまっていた。

 晴久との約束の日はあっという間にやってきた。待ち合わせの駅に着くと、行ったり来たりと落ち着かない男性が気になった。それとなく近付くと、ぶつかりそうになった。お互い顔を見合わせて、笑いころげてしまった。

「どうかしたの。こんなに落ち着きのない人とは」
「君に関わるとこのざまだ」
 晴久は笑いながら言った。心のなかでは「この責任を取ってもらうけど」と続けていた。
「そう、あまり時間がないんだ。早く車に乗って」
 慌てた様子のまま、多香子の腰に手を回すと、車へといざなった。そのまま車を自宅へと着けた。
「お姫様、ようこそお越しくださいました」
「凄い。戸建てなの」
「頑張っているんだよ。他に使うところもなかったから」

 ぼうっと立っている多香子を家の中へとエスコートしていき、応接間としている部屋に入っていった。
「今日は和服を着てもらいたいんだ。着付けはお手伝いさんがやってくれる。ただ、裸で知らない人の前に立つのも無理があるだろうから。ここで、肌襦袢をきてもらおうと思ってね」
「裸でって、下着は他には」
「そうだ、ショーツはこれで。ブラジャーは駄目だ」
 そう言って、さしだされたTバックにはきかえ、肌襦袢に着替えた。腰紐をどうにか結ぶことができてよかった。髪の毛も一応アップにして、簡単にアクセサリーで留めた。晴久はそんな多香子を見つめていて、胸元の合わせを直した。

「あかねさん、こっちを頼む」
 廊下に顔を出して、お手伝いさんを呼んでいた。テーブルの上にはこの前に買った、数本の紐と着物と帯、足袋と巾着袋が置かれていた。先に足袋は履いておいた。あかねさんとよばれた女性が入ってくるとそれらを持ってきて、手際よく着付けていった。
「帯はこの矢の字結びが良いな。座席に座るからじゃまにならないように」
「わかりました」
 またまた手際よく帯を締めると、出来上がったようで、失礼しますと下がっていった。晴久は遅くまですいませんと声をかけていた。返っていくのを確認して、戻ってくると多香子に声をかけた。

「僕らも出かけるぞ」
「はい」
 そういって、歩幅の出ない着物に苦労しながら、後をついていった。
「すごいなぁ。和服だと気の強さがこんなに緩和されるんだ」
「慣れていないだけ。口だけなら変わらないよ」
「たしかにそうだった」
 ケラケラと楽しそうに晴久が笑っていた。また車を出して、ショーの会場に向かった。


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