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【恋愛小説】私のために綴る物語(50)

第九章 ブルートパーズの首輪(3)

 用意されていたごちそうはローストビーフだった。ほかにも冷蔵庫にサラダと、トマトとアボカドの冷製パスタとビシソワーズが入っていて見た目にも素敵だった。

 食べながら多香子はある疑問を晴久にぶつけていた。
「その欲望、いままでどうなさっていらしたのかしら。お相手ってどうしてたの」
「この前、君の相手をさせた男、橋本道哉というのだけど、あいつがバーをやっていて、愛好者が集まっているんだ。そこで、見つけた相手と付き合ったことはある。長続きしなかったけど」
「それで、一緒に作ったとか話をしていたわけね」
「そんなことも、はなしを。あぁ、緊縛の監修とか医師の監修で参加させられたこともある」
「役者としては?」
「するわけ無いだろう。そうだ、そんなに興味があるなら明日の夜一緒に行こう。電話をして僕の知り合いだけの貸切状態にしてもらえば、君が気にするようなことにならないと思う」
「えっ。いいの。あなたのお友達に紹介してもらっても」
「君こそ良いのか。僕との関係を知る人が増えても」
「だって、お友達を知りたいと思うでしょ。あなたを私の友達に紹介できないの、悪いと思うんだけど」
「それだけじゃ済まないかも。あいつら僕以上の本物だから。見たいと言われるかもしれない」
「覚悟をしておく。大丈夫」

 晴久は抱き寄せて、キスをするように促していた。逆らわずに多香子もキスをした。明日の夜見られるのだ、この人の友人たちに。体の中が疼きだして、自分の中にある欲望がはっきりしてくるのもわかった。

 夕方になり、出かける準備を始めると、晴久はあれこれ指示をしだしてうるさかった。
「これでよろしいでしょうか。晴久さん」

 最初は気合を入れたワンピースにしようとしたら、来た時の普段着でいいと言い出していた。それで、その服装にしたら、シャツをこっちに変えろと言い出したので、言われたとおりにしたのだった。

「それで、このリボンのチョーカーをしてほしいんだが」
「まさかこれって、首輪の代わり?」
 晴久はうなずいていた。おもわず、生理的な嫌悪感が走った。私はそういういう存在なのか。
「それなら、昔の貴婦人みたいなチョーカーならしても良い」
「さすが、多香子だな。じゃぁこれで」

 小さなブルートパーズが散りばめられた、細身のチョーカーが差し出された。ネックレスよりかっちりさせたくらいの感じで、気持ち的にはマシだった。つけてみるとそれほど違和感もなく服装にあっていた。

「よかった。よく似合ってる。パーティドレスに合わせて見繕ってもらったんだ。これは君のためのものだ」
「えっそんな。こういう物をもらういわれが」
「誕生日の前倒しでもいい。受け取ってくれ。これをつけてくれというのは、君のためじゃない、僕のためだということだ」
「自分の女という印だと」
 思わず睨みつけていた。自分が甘かったというだけなのに。だから脇が甘いと言われるのだ。
「良い目だ。それでいいから、でかけるぞ。タクシーを待たせているんだ」

 アークトゥルスという看板の店の前で、晴久は足を止めていた。多香子に入るように促し、ドアを開けてエスコートされるまま踏み入れると、そこにいた人たちの視線を集めていた。

「すいません。ご無沙汰しております」
 遅れて入ってきた晴久が声をかけると、場の雰囲気が和んでいた。
輝晴きよはるさん、お久しぶり」
「あぁ、道哉。この前はすまん」
「多香子さん、だっけ。二人で、そこの空いている席に座って」

 隅に一つだけ空いている、二人用の席に座った。印象としてはライブバーという感じで、奥の方に小さなステージがあり、それを囲むようにいくつかの席があって、入口近くのカウンターで立ち飲みもできるようになっていた。

輝晴きよはるというのは、この店で?」
「昔スタッフとして手伝った時の名前」
「そんな暇があったようには」
「この店って、暇な人や遊びたい人だけじゃないんだ。追い詰められてくる人もいる。この人は追い詰められた方。って何にしましょうか」
「道哉さんでしたね。先日は失礼を」
「いや、それは、面白かったから」

 そう言って晴久を見て笑っていた。

「これドリンクリスト。食べ物は適当でいいね」
「まかせるって、僕には聞かないのか」
「だって、シーバスリーガルでいいんだろ」
「確かに」
「それじゃぁ、私はノンアルのサングリアで」
「かしこまりました。少々お待ちを」

 道哉が離れていったところで、多香子が話しかけていた。

「折角だから、聞いてもいいかな、晴久のこと」

 少し不満げに上を向いて、ため息をついた。
「しょうがない。いいよ。君のことを聞いてもいいなら」
「別に、普通の家で、普通に育っただけだけど。経歴的にはそれなりと、言うしかないし」
「まぁ、簡単に言っちゃうと、みんなそうだろうけど」
「晴久の場合、華麗な学歴・経歴で、追い詰められた、というところが気になるの」
「医学部に入って、自分の性癖が気になっていたんで、つい研究テーマにしてしまった。それが始まりで、院に進んで博士号取得して、さて研修医となったときに問題が起きた」
「そう、家どうしで決まっていて、伸ばせなくなった結婚をせざるを得なくなったんだっけ」
「はい、多香ちゃん。ノンアルサングリアです。輝晴はるひさのウイスキー。あとこれがフードね。ターキーのサンドとフレンチフライと乾き物数種類。スティックサラダ。足りなかったら追加するんで」
「その頃、例の集まりで知り合ったんだ。道哉は駆け出しのAV俳優で社長に連れられて、僕は叔父に連れられて、大人の仲間入り代わりだった。もちろんしっかりと認識しての上だった。でも、両親には秘密にしていた。そもそも両親と言っても血の繋がりはない。僕は父の2番めの妻の連れ子で、その妻である母はすでに亡くなっていた。父の養子になっていたから、槇村の姓を名乗っている。ここまで育ててもらった以上、結婚は拒否できなかった。おとなしい正真正銘のお嬢様を妻に持って、研修医になり、心理学の学位を取ろうとしたんだ」
「待って、それって、身体がいくつあっても、足りないのでは」
 多香子は晴久の言っていることが現実的に感じられなかった。
「結婚したくなかったんだ。デートはしたさ。でも、婚前交渉は無しというか、できなかった。相手はお嬢様だから、疑問を持たなかったのだろう。それで、政略結婚みたいなことをした。形だけのことをして、続かなかった。忙しいを言い訳にして、構わなかったのも、よくある話だ。それでも夜は帰らなきゃならない。それで、ここに入り浸った。緊縛まで覚えてしまったくらいね」
「それで、浮気だって言われて修羅場もあって、結局離婚できたんだから、良いじゃないか。親父さんとちょっと、仲が悪くなったけどな。捨てる神あれば拾う神あり、叔父さんの援助で今に至る」
「他にも代償は大きかったよ。妻に僕の大事なコレクションを廃品回収に出された。母親から、買ってもらったものも、あったのに」
「そんなことが。廃品回収にとは。誰も幸せにならないのに。彼女もあなたも、品物も」
 多香子にはよく話題になる無理解な妻の典型のように思えた。
「品物も?」
「せめて好きな人のもとに行ければいいけど、そうじゃなかったらゴミになっちゃうでしょ」
「たしかにそうだな。どうだ、僕の彼女は」
「はいはい、十分わかってますけどね」
「ありがとう。道哉さん」

 ノンアルのサングリアを一口飲んで、ほっとため息をついた。

「美味しいです。パエリアがないのが残念」
「ありますよ。お持ちしますか」
「お願いします。絶対美味しい」
「それで、馴れ初めは」
 急に女性が隣に来て、声をかけていた。
「はじめまして、私、なつと言います。このお店のスタッフでM嬢をやってます。輝晴きよはるきよはるさんの監修で」
「この人にナンパされたの。一人で飲みに行ったホテルのバーで」
「一目惚れだったんだ」
「すごい、え~そんな事があるんですか。だって、輝晴さんて」
「そうとしか言いようがないな」

 多香子は笑っているしかなかった。一目惚れは本当じゃないかもしれないし、晴久の言葉にあわせるしかない以上、笑ってみていることにした。

「今日は見せてもらえるとお聞きしたのですが」
「最後にね」
 晴久はそう言って、多香子に笑いかけた。そうだった、と何処かで覚悟を決めないと、この人に縛られるのを見られるために来たのだから。

 晴久に多香子はキスをした。人目を気にせず、晴久は貪っていた。いつものように胸に顔を埋めて吸うと、多香子は声を漏らした。

「多香子、あとで、声を出したお仕置きをするからな」
「ご存分に」

 目を伏せて、控えめな声で答えた。
その答えを聞いて、晴久は満足げに笑っていた。周りの人たちも、この二人の関係が自分たちの考えどおりであったことに安心していた。

「多香子さんの、そのチョーカー素敵ですね」
「だろう。よく似合ってるだろう。僕がプレゼントしたんだ。首輪を嫌がるから代わりに」
「そういうことですか。いいですね。いつでもどこでもつけられる。私もおねだりしよう」
「程々にね」

 晴久と雪という女性の会話を聞いて、こういう世界だったと思い知っていた。少し不安げな顔をしていたからか、道哉がまた声をかけた。

「どうですか、おかわりは」
「そうですね、アイスティーをお願いできますか」
「わかりました。お待ち下さい」
 多香子は囲んで話をしていた女性たちと会話をしていた。

「多香子さんって、先生のことご主人さまって言わないんですか」
「そうなの。そこは結構ノーマルに晴久さんて呼んでる。晴久さんもそう望んでいるし」

 そういったところで、道哉がアイスティーを持ってきた。いたずらっ子のような目をしていた。

「本当は、晴久って呼んでいませんでしたっけ。10歳年上なのに」
「それ、言ったら大変よ。あの人に。覚悟してね」
「怖いから言いませんよ。はいここに置きますね」
「ありがとうございます。ステージが明るくなりましたね」
「えぇ。これからウチのスタッフで緊縛をします。輝晴さんの弟子筋ですね」

 それを聞いて、思わず置かれたばかりのドリンクを口にしていた。

「うわぁ、お姉様かっこいいです」
「えっお姉様って、私」
「輝晴さんからお話をお聞きしました。普通にお勤めされていて、キャリアもあるって。すごいなぁって。みんなのあこがれの方のパートナーで。お相手になるだけでも、ここの人たちにとって羨ましいんです」
「晴久さんは、お話を盛っているのであまり信用してはダメですよ」

そう言って笑って、ステージに目をやった。この人たちが終わったら自分が晴久に縛られ、打たれるのだ。

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