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映画「市子」を観て思うこと

ネタバレ感もあるので、少しでも内容を知るのが嫌なかたは先に映画をご覧くださいね。

子育てをしながら仕事をしていると、なかなかまとまってゆっくり過ごす時間というのがない。

たまーに時間ができたとき、貴重なその時間で、基本的には本を読むことにしている。本はSNSみたいに流し見・ながら見が難しいので。

ただ、先日はなんとなく映画を観るのも悪くないか、と思ってAmazonプライムを久しぶりにひらいた。

映画館にいくのはなかなか難しいから、自宅で気軽に観れるのは本当にありがたい。

邦画を観ようと検索していたら、「市子」があった。

この映画のポスター、一度見たときから忘れられなくて、放映中に何度か観にいけないか検索したんだけれど、結局いけなかったんだよね。

2023年10月5日が放映みたいなのですが、こんなに早く観れるとは驚き。嬉しい。

ということで、迷わず観た。

そして、「家で気軽に観れるのは本当にありがたい」みたいなテンションで観始めてしまったことをかなり序盤で後悔することになる。

全くもって気軽に観れるもんじゃない。

個人的には途中で映画を止めて他のことをする、みたいなテンションにもなれなくて、最初から最後まで画面にかじりついて観ることになった。

観てから数日経つのだけれど、気持ちが収まらず、この気持ちをどうにか消化したくてnoteを書くに至った。なにをどう書いたらこの気持ちが消化されるのかわからないけれど、とりあえず書いてみることにする。

ということで、結構胸騒ぎがする内容だったから、苦手そうだなと思われる方は、ここから先も読まないほうがいいかもしれません。

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3年間共に暮らした恋人・長谷川(若葉竜也)からプロポーズされた次の日、市子(杉咲花)は突然姿を消す。失踪届を出した長谷川だが、警察の後藤(宇野祥平)から川辺市子という女性は存在しないと告げられる。困惑した長谷川は、後藤とともに市子の幼馴染や高校の同級生、友人から市子に関する証言を集める。彼女に関わった人物たちを通じて、徐々に彼女の人生と秘密が明らかになっていく。

というあらすじなのだが、市子の人生は壮絶である。詳細は本編に譲るけれど。

問題は「離婚から300日以内に生まれた子どもは前の夫の子と推定」されるという法律が続いていたことが大きい。

ただ、社会の制度の歪みの中で生まれた不幸を背負う市子は、きっと特定の誰かを恨むことができていない。

ここがこの映画の大事なところで、ゆえに見終わったあとも消化不良感が満載である。

悪者がいて、それに困っている人がいる。そういうアメリカ映画みたいなわかりやすい物語であれば、市子はどれだけ救われただろう。

誰が悪いと決定的にいうことができない。誰か一人を責めて物事が解決するような不幸ではない。

だからこそ、市子の人生は想像を超えて遥かに、どこまでも、悲惨だ。

でも、それゆえにとことんシンプルでもある。「とにかく、生きたい」それだけなのだから。

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あまり映画の内容を具体的に書くのもな……と思うのだけれど、どうしても頭から離れないシーンが2つあるので、それについて内容はぼかしつつ書くことにする。

1つは、3年間共に暮らした恋人・長谷川から市子がプロポーズされるシーン。このプロポーズのあと、市子は長谷川のもとを去ることになる。

プロポーズされたそのとき、市子は泣いていた。その涙がどうにも切なく、言葉にできない。

きっと人生ではじめて人を好きになり、安心した生活を送れていた3年間だったはずである。幸せを感じることができた日々だったのではとわたしは思う。プロポーズを受けて「嬉しい」と笑ったその気持ちも、本心だったはずなのだ。

心から嬉しくて泣いていた。それでも、もうここにはいられないという、決断の涙でもあった。

どこまで戻って人生をやり直せれば、この日々を手放さずに済んだのだろう。そう思わずにはいられない。

2つ目は、母親が市子に「市子、ありがとうね」というシーン。これはもう、詳細は書けない。軽率に観てほしいとも言いにくい。

個人的には、母親は市子を愛していないとは思わない。でも、自分の人生を生きるのに精一杯な人だとは思う。

ほぼネグレクト状態で過ごす市子に、母親が優しい言葉をかけるシーンは、わたしが覚えている限りでは、このシーンだけである(あとは、市子が一瞬ではあるけども幸せだった日々の回想シーンのみ)。

この優しい声がけをいま、このときにするのかと、涙が止まらなかった。

通常の精神状態ではありえないシーンでの母親から市子への「ありがとう」が、この家族の悲惨さを物語っている。

そして、さらにわたしの涙が止まらなかったのは、この転んでも悲惨なシーンの中で、母親が優しいトーンで鼻歌を歌うからだ。

その曲の歌詞がこれである。

ラララ にじがにじが そらにかかって
きみのきみの きぶんもはれて
きっとあしたはいいてんき
きっとあしたはいいてんき

映画の冒頭で市子も鼻歌を歌っているこの曲。その曲は、このとき、この瞬間に母親が歌ったものだったのかと。これは、さすがに心えぐられるわ。

いつか市子の気分が晴れる日はくるのだろうか。

人は、こんな悲惨な状態でも、きっと明日はいい天気と希望を持って生きていけるのだろうか。

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「市子、よく死ななかったね。よく生きたね」

わたしはこの映画を見ている最中、何度もそう心の中でつぶやいた。

事実上は犯罪者である市子は、きっと裁かれなくてはいけないが、それでも生きて、笑って、自分として暮らしていく日々が訪れますようにと、願わずにはいられなかった。

ドキュメンタリーを見たような気分になってしまい、世の中の生きづらさを悔やみたくなるけれど、それと同じぐらい、こういう作品があることできっとこの世の中はもっとよくなっていく。そう信じたいなとも思った。

おもしろかったなんて絶対に言えないし、手放しに観てよかったとも言えないけど、この作品がこの世の中にあることは救いだと、わたしは思う。

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