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一文物語 2016年集 その12

本作は、手製本「一文物語365 海」でも読むことができます。

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大地が雨風に侵食されて削られ、芸術的な丸るさを帯びるように、ただ普通でいたい青年も名前のない人々の辛辣な言葉に身を削られている。

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作家をタクシーに乗せ、どんな本を書いているのか聞いたら、突然タクシーに翼が生えて空を飛び、今までお客を送ることができなかった山の上や海の向こうに海の中、そしてグンと加速して隣の星へ、どんどんメーターも上がりドライバーも運転にやりがいを覚えたところで、信号が青に変わった。

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カフェの席でストローの吸いが悪いと中をのぞくと、小人が必死に吸われまいと手足をつっぱっているのを発見した女性は、もしいたら飲み込まないように気をつけて、と隣の人に伝えたら、ぎょっとされてしまった。

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箱の隙間から中をのぞくと、その箱をのぞいている自分の後ろ姿が見え、振り返ると目があった。

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今にも沈みそうな幽霊船が港に姿を現し、骸骨船長が船を直したいとお宝を差し出してきて、それじゃ幽霊船にはならねぇべ、とは言いつつも船大工は要望に答え、後にその海域では夜霧の向こうで輝く幻の黄金船があると噂が立つようになった。

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彼は、今日の予定を決めようとサイコロを振り、マス目を一つ進めると一回休みだったので、今日一日休むことにした。

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あ、透明人間だ、といった子どもが指を差している方を見ても何もいなかった。

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塗り絵用の絵を依頼された色ぬりが好きな絵描きは、それでは自分が色を塗れないと激怒し、怒りを込めて力強く筆を握り、真っ黒に塗りつぶした絵を描き上げてやった。

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亡くなった父親が大事にしていたもう動かない腕時計は、電池式でもゼンマイ式でもなく、直してもらおうと娘が時計屋に持ち込むと、店主が奇妙に笑って、妖精のクロック・ワーカー式の時計だからその一族の妖精が内部に入って動かしてもらう必要がある、と森の住み家への地図を渡された。

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炊きたてのごはんを壁にしたカレーライスダムが建造され、好きなところからみな食べ始めている。

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暖かくなって、少女は大樹の上で読書をしていると、鳥が近づいて鳴いてくるので、読むことに集中できない。

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心配性の人が多い国では、ちょっと外出するときにでも、家から盗まれてはいけないとゴミの入ったゴミ箱を大事に持ち運んで、時にはご近所さんとおすすめ食品のパッケージゴミの見せ合いをしている。

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真夜中に眩しい光りを放つUFOから、数日間行方不明だった男が降りてきて、言葉を奪われてしまったかのように口を閉ざし、宇宙人との楽しい思い出は人類には刺激的で話す訳にはいかず、しかし時折り、自己紹介は大事だとつぶやいている。

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家族が待っている自分の家に入ろうと彼は、玄関の生体認証錠を解錠しようとすると、すでにあなたは家の中に存在しています、とメッセージが流れたその時、楽しそうに笑う一家の声が聞こえてきた。

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独り身の若い彼女は、目の前に垂れてきたひと針の餌には目もくれず、最低三つの餌のついた仕掛け針にしか食いつかない。

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深海で行われたパーティーから泳ぎ上がってきた彼女は、網タイツを脱ぐとその中に魚が入っていて、ギョッとした。

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パワースポットの神社に慌てて駆け込んできた彼女は、愛が出てくるまでガチャポンを回しまくったが、すべて空で、お賽銭代わりだと自分に言い聞かせてその場を後にした。

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もうすぐなくなるトイレットペーパーの最後を引き出したら、大吉、と書いてあってうれしくなった。

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くたくたに疲れよれた服は、物干し竿で風になびかれ、繊維からほどけ消えかかっている。

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明るい場所でも光に隠れている闇を照らし出す闇電灯を人に向けると、その闇の中で地面を這いつくばる一匹の蟻が、灯りを嫌うように逃げ惑っている。

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外は寒く、抱えては持ち運べないほどの大きな氷を押し滑らせて届け先に到着すると、氷は半分ほどの大きさにまで削られていたが、まるで彫刻されたかのように細かな毛並みまで再現された丸まった猫の形となっていた。

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落ちかかって崖にしがみついているのがやっとの青年に、腹をすかせた大蛇が這い寄ってくる一方、悪魔が天から紐を垂らして捕まれと言ってくるが、青年は今もこれからも生きた心地を覚えない。

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数日前から世界各地の配送所で、たくさん物が入った白い袋を放置する赤服の人が続出している。

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煙突が汚かったから去年は来てくれなかったのかと思って、掃除をし始めると、煙突の内部にすっぽりとはまって燻製となった遺体を発見した。

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あぁ、と彼は排水口に妖精を流してしまい、汚水まみれにしては悪いとせめてもの償いとして、妖精がどこかに流れつくまで清い水を垂れ流しにしている。

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広大な砂漠に雪が降り、食べ放題のバニラチョコレートアイスのような大地となった。

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解剖医である父親は、よだれを垂らして待つ少女の前で、余り残ったフライドチキンをよく切れるナイフで丁寧に引き裂いて、肉を凝視し、焼き直すからもう少し待つようにと優しく言った。

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この星から住人への感謝の気持ちが送られることになり、突如、全世界のマンホールのフタが一斉に吹き飛んで、そこから巨大な花々が傘を開くように咲きほこった。

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年の瀬の大掃除で出たゴミを収集所に出しに行った時、ゴミ袋に過去をめいいっぱいつめ込んだゴミを女性が出して行き、小さくまとめられた荷物を一つだけ持って彼女はその場から身軽に清々しくどこかへと去っていった。

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朝、出かけ前に霜柱をザクザクと踏み潰していると、世界のあちこちで複雑骨折をする人が続出する。

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最後の一人になった時、訪れた静けさの中で、後ろから、だーれだ、と目を隠された。

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