現代語訳『我身にたどる姫君』(第三巻 その41)

 あるのどやかな夕べのこと、院は三条宮《さんじょうのみや》にやって来た関白に、世話話のついでに胸の内を明かした。
「今となっては何事もこれといって思い残すこともなく、心安らかな境地になっていますが、ただひとつ心残りな点があります。――女三宮の身の上が出家の際に絆《ほだし》となり、ひどく思い悩んでいます。個人的には権中納言に降嫁《こうか》させようと思っていましたが、女四宮と結婚させたいという中宮の強い意向に逆らうことができませんでした。かといって、女三宮を独身のままでいさせるのは気が引けます。二宮は男なので自分で何とかするでしょうし、このわたしも出家したとしてもどうにでもなります。しかしながら、若い未婚の女性は世間の中傷を一身に受けてしまうものです。もしも、あなたが大勢養っている人たちの一人として女三宮を扱ってもらえるなら、きっとわたしは清らかな心で出家することができるでしょう」
 関白も現世でいつまでも生き永らえるつもりはなかったが、院の言葉に胸が一杯になった。
「それでは、先日の皇后宮の夢枕はこのことであったか」
 確かに女三宮とは年が離れていたものの、生前の皇后宮から御子《みこ》たちの将来を託されていたのを改めて思い返し、申し出をありがたく受けることにした。

(続く)

 前回の問題の答え合わせです。

 女三宮の将来が心配な院はどうしたかというと、関白に妻として迎えるように依頼しました。

 関白と女三宮は親子ほど年が離れている上に、関白には正妻(北の方)がいます。かなりアクロバティックな展開と言えますが、実は予想することが可能でした。
 少し前にも触れたように、この作品は登場人物(特に非皇族)が非常に限られているため、女三宮の選択肢は下記の五つしかありませんでした。

 ①関白の妻になる
 ②権中納言の妻になる
 ③出家する
 ④独身のまま何かしらの役職に就く(例:伊勢神宮の斎宮)
 ⑤現状維持

 ③⑤は院の望みではなく、②は二人目の臣籍降嫁となるため絶対にあり得ず、④は作中で可能性が提示されていなかった上に③と変わらないため、消去法で「①関白の妻になる」しかなかったというわけです。
 この問題、正解することができましたか?(わたしは不正解でした)

 あと、今回の院と関白の会話で、いくつか不自然なところがあったのに気づきましたか?
 まだ皇后宮の喪が明けたばかりで、悲しみに沈んでいるのは明らかなのに「心安らかな気持ちでいる」と言い張るのも妙ですが、それ以上に気になるのが「関白には養っている人が大勢いる」という台詞で、意図がはっきりしません。

 以下は個人的な解釈ですが、院は皇后宮と関白の不貞、姫君の素性をそれとなく察していて、関白が女三宮の降嫁依頼を断らないよう、最初で最後の切り札を切ったのではないでしょうか。
 関白がまったく動じていないことから、間違っている可能性もありますが、「皇后宮の意向に従い、瓜二つの若く美しい女三宮を側室に迎えることができる」という喜びに頭が回っていないだけだとすると何ら矛盾はありません。

 この『我身にたどる姫君』は登場人物たちがドタバタと駆け回る娯楽小説のように見えて、時折、はっとするような心理描写があるのは見事だとわたしは思います。
 少し見方を変えると、作者は院というキャラクターを非常に大切に扱っていたとも言えます。そもそも院政時代に成立した作品なので、院という地位に対する特別な配慮があっても不思議ではありません。

 さて、次の問題です。
 女三宮が関白の妻になると何が起きるか――こちらの答えは分かりますでしょうか?(答え合わせはしばらく後になります)

 それでは次回にまたお会いしましょう。



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