現代語訳『我身にたどる姫君』(第三巻 その48)

 激しく時雨が降り、木の葉が先を争って散っていくある夕暮れ、女三宮への思いが募って耐え難くなった権中納言は、「父に用事がある」と言い残して二条宮《にじょうのみや》を後にした。
 急いで関白邸に赴くと、果たして女三宮は寝殿にいた。だが、今となっては直接、顔を合わせるのも難しく、一般客が利用する渡殿《わたどの》の妻戸《つまど》の辺りによそよそしく身を隠した。床の下を流れる清水をしばらく見つめているうちに、水と先を争うように目から涙が止めどなく流れたため、高欄《こうらん》に寄り掛かって隠した。その様は人の心を解さない鬼神であっても同情するに違いないが、女三宮が見ていないのは非常に残念だった。

  時分かず時雨《しぐ》るる頃の袖にまたかごとがましき水の音かな
  (時を選ばずに降る時雨のように、わたしの袖は涙に濡《ぬ》れている。それにしても、何とも恨みがましい水の音だ)

 特に用事があったわけでもなかったので、訪問したことも告げずに寝殿を後にした。

(続く)


 権中納言は女三宮が恋しくなり、関白邸に向かいました。今や関白の正妻となった女三宮は寝殿にいますが、顔を合わせることができず、隠れて涙を流します。

 なお、これまで正妻の座にあった権中納言の母は基本的に描写されません。恐らく「第二の正妻」として扱われていて、権中納言自身の政治的な立場にも少なからず影響しているはずなのですが、まったく言及されません。権中納言が恋のために周囲が見えなくなっているだけでなく、そもそも作者が臣下の政治に興味がなかったのだと思われます。

 それでは次回にまたお会いしましょう。


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