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水の空の物語 第3章 第9話

 飛雨が降りたのは、木々の間に点在する岩の中で、一番大きな岩だった。

 彼は『重かったー』と大きく息をつき、放り込む出すように風花を岩の上に下ろす。

 目眩がして立つことができず、風花は岩の上に転がった。

「だいじょうぶか?」

 飛雨が面倒くさそうにいう。

「胃が痛い」
 半泣きの声が出た。

「オレも肩が痛いぞ」

「背中痛い。お腹が宙に浮いたー。夏澄くんだったら、お姫さま抱っこしてくれたのに」

「はいはい。でも、こういうのに慣れてくれな。強くないと、夏澄の役には立てないぞ」

 ……。
 風花は体を起した。

 深呼吸して目を開ける。ぼやけていた視界がはっきりしたところで、立ちあがった。

「一本杉は南だ。行こう」

 飛雨は岩から岩へ渡っていく。地面は歩きにくいのだ。枯葉と落ちた枝が積もり、足の踏み場がない。

 風花は必死で後を追った。
「詮索厳禁だからな」

 いいながら、飛雨は岩を蹴る。彼の髪やシャツが、鋭く風を切った。

「夏澄にローフィさんのこと、絶対訊くなよ」

「……うん。訊かないよ。触れたらいけないんだよね、たぶん」
「たぶん?!」

 飛雨は風花を睨む。

「ご、ごめん。わたし、恋愛ってよく分からなくて」
「え? なんでだよ?」 

 風花は今まで、恋といえる恋はしたことがなかった。恋愛には憧れるが、体験できたことはない。

 だから、恋する気持ちはよく分からない。

「で、でも、夏澄くんのことはなんとなく分かる……。気をつけるから、だいじょうぶ」

 事情はよく分からないが、たぶん、夏澄の恋はうまくいっていない。

 霊泉で逢った時の彼の瞳から、想いの強さも想像できた。

「それから、さっき姫の水があるとかいっただろ?」
「え? うん」

「その話もしないでもらっていいか? 姫って言葉も禁句な」

 ……なにが、相手を傷つけるか分からない。

 風花はノートの入ったカバンを握りしめた。

「教えてくれてありがとう」
「いや。オレのほうこそ、わるいな」

「……夏澄くんは、恋も願いも叶えられないんだね」

 優しさの精霊なんだから、もっと幸せになっていいのにね。

 飛雨はなにも答えなかった。ひとつひとつ、踏みしめるように、岩を渡っていった。



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