水の空の物語 第4章 第30話
風を切る風花の頭の中に、夏澄の澄んだ声がずっと届いていた。
夏澄は、今日の春ヶ原の様子を話してくれる。
……春ヶ原に、また動物が増えたよ。
……鶏卵場のベルトコンベアの下に隠れていたひよこ二匹を、草花が連れて帰ってきたよ。
……男の仔のひよこで、竹とんぼと、けん玉と名付けたよ。
……優月を癒したお礼に、草花と優月が舞を舞ってくれたよ。
……花吹雪の中の舞は、なによりも美しかったよ。
「わたしも見たかったな」
春ヶ原の花吹雪が、まぶたの裏に浮かぶ。
『優月たちも、風花に見せたかったって。優月たちは舞をね、友愛の証として見せてくれたんだよ。俺や風花を友だっていってくれたよ』
……本当に? と、風花の心は弾む。
「じゃあ、またわたしも春ヶ原に行っていいかな。ひよこにも会いたい」
『生まれたての仔でね、かわいかったよ。ひよこを連れてきた草花は、やっぱり叱られて正座だったけど』
「優月さんはみんなを護らないといけないんだもんね」
『うん。お兄さん役だからね』
風花は自転車を停めた。 夏澄の声が少し曇った気がしたからだ。
『夏澄、気分でもわるい?』
スーフィアの緊張気味な声がする。
『春ヶ原は、この世の夢なんだ。それなのにさ……』
夏澄の言葉は途切れる。声は消え入るようだった。
「どうしたの? 夏澄くん」
『もしかして、霊力を使い過ぎた?』
スーフィアの心配気な声に、風花はどきっとする。
「だいじょうぶ? 夏澄くん」
姿を消している夏澄を、見ることはできない。
風花は夏澄の様子を伺いたくても、できなかった。
『心配してくれてありがと。でも、違うんだ。……俺ね、本当は今日、分かったことがあるんだ』
『どんなこと……?』
スーフィアがそっと訊く。
『春ヶ原を護る霊力が足りなくなっているってこと。いつか、壊れちゃうかもしれない』
夏澄の声は小さく、消え入りそうだった。 一瞬、聞き間違いかと風花は思う。
だが、記憶の中に残る彼の声は、確かに壊れるといっていた。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?