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『天の敵』イキウメ

2022年9月21日(水)14時開演
@本多劇場
¥5,800

2017年の初演を観たときはあまりのおもしろさに昂奮し、客席で静かに鼻息を荒げていたのよね。終演後、劇場を出て大きなため息とともに「お・・・もしろかったあ!」と漏らした記憶。イキウメは毎回おもしろいんだけど、この演目はその中でも1、2を争うおもしろさ。
なので再演と聞いて嬉しかったけど、あの感動からもう5年も経っていることにびっくり。体感としては2、3年なんだけど??(歳をとったせい)

大いに楽しみだったくせに劇団先行発売の日をうっかり失念して、数日過ぎてから気づいて慌てて購入。いつもは時報と共にポチってたんで、大体最前か2列目だったのよねえ。こんなに後ろの席で観るのは初めてかも・・・。それでも後方列ではなく真ん中くらいの席、しかもドセンだったのでまあ良い方でしょう。本多の前方列はフラットなので、B~D列よりはE列以降の方が観やすいのだ。

<Introduction>
2017年、ジャーナリストの寺泊は、菜食の人気料理家・橋本和夫に取材を申し込む。
きっかけは妻の優子だった。
寺泊は難病を抱えており、優子は彼の為に橋本が提唱する食餌療法を学んでいた。
当の寺泊は健康志向とは真逆の人間だが、薬害や健康食品詐欺、偽医療の取材経験も多く興味があった。優子がのめり込む橋本を調べていく内に、戦前に独自の食餌療法を確立した長谷川卯太郎という医師を知る。寺泊はこの長谷川と橋本の容姿がよく似ていたことに興味を持ち、ある仮説を立てて取材に臨んだ。
寺泊は、プロフィールに謎の多い橋本は長谷川卯太郎の孫で、菜食のルーツはそこにあると考えた。
橋本はそれを聞いて否定した。
実は橋本は偽名で、自分は長谷川卯太郎本人だと言う。
本当なら122歳になる。
信じない寺泊に、橋本は19世紀から始まる自分の数奇な人生を語り始める。
橋本の長寿の秘密は食事にあった。
不老の健康法は、寺泊の病をも治す可能性がある。
しかしその食餌療法は、明らかに人の道を外れていた。

(当日パンフレットより)

作・演出の前川さんによると2017年版からの改訂は無いそうで、ほぼ初演通りなのだそう。だけど客演勢は総入れ替えだし、美術も違うし劇場も違う。やはり同じではないのよねえ。
初演について、自分が何を書いたっけ?とおもってこのブログをチェックしたら、記事書いてないじゃーーーん!!(がっくりと膝をつく絵文字。あ、これか→orz)
好きすぎて、感激しすぎて、どう書こう?!って気合い入れすぎて書けず終い・・・ってよくあるパターン。アホ過ぎる😓

あ、ネタバレ気にせず書きますので、気になさる方は自衛をお願いします~~

そう、お話は一緒なんだけど、やはり初演の時のインパクトには勝てないというか。新鮮な感動ではないのが再演は分が悪いよね。それでもホン自体がめちゃくちゃおもしろいので今回も堪能させてもらいました。・・・キャスト布陣は初演の方が好みだったかな(個人的に初演の村岡希美さんが大大大好きなので、公平なジャッジはできん!ww)
何と言ってもイキウメンズは全員さいこう。浜田さんの人外感には磨きがかかり、若さと美しさが尋常じゃない。役として重たいはずの安井さんは、絶妙な軽みとおかしみを一緒の皿に盛り付けてくれる。役者さんが全員クオリティ高いので、ストレスなく物語に入り込める。

今回の美術、たいへん佳き。置いてあるものや配置は初演と同じなんだけど、雰囲気はかなり違う。食材やスパイスの入った大きな薬瓶がたくさん並んでる棚、センターに大きなテーブル。下手にキッチンスペース、上手はリビングっぽく長椅子やセンターテーブル。
モノトーンの什器が木目に、シンプルな長椅子はラタンに。舞台奥には温室。そこかしこにグリーンが茂って、無機質からより有機的に変わっている。なんか好きな空間だったなー。初演のセットも美しくてとても素敵だったけど、今回のはそこに居たい場所だった。住みたい・・・

そして冒頭のお料理シーン。
今回の席は舞台からちょっと距離があったはずだけど、漂ってくる香りがより強く感じられたのが不思議。空調の関係??
めちゃくちゃいい匂いだったので、周りの人のお腹の音がいつもより多かった気がする・・・w
ごぼうのバルサミコきんぴら、5年前も作ったけどまた作っちゃった。簡単おいしい~。 炒り豆腐ご飯も絶対作る!

笑いのシーンもあるので、楽しんでいるうちに話がスルスルと恐ろしい方向に・・・
introductionにあった寺泊の難病とはALS。回復や根治することはなく罹ってから2~5年で死に至るという。
死を「覚悟した」と言う寺泊に、橋本は自分の人生を語り始める。自分が卯太郎であること、戦争や飢饉で飢える人間をなくすために「完全食」の研究をしたこと。そして辿り着いたのが「飲血」だということ。

人間の血液を飲むことにより、飢えないだけでなく病気や不調も消え、肉体はピーク時の状態を維持するのだという。
なんと、最高じゃないですかー!
と思いきや、血と水以外は体が受け入れず、生殖機能も無くなり、日にあたれば火傷してしまう。食事もセックスも日中の外出もできないのだ。そして周囲の人が老いて死んでゆく中で自分だけ生き続けなくてはならない。
なんという孤独。
直近で観た『伯爵のおるすばん』や、劇中で出てきた『ポーの一族』や懐かしいキャラメルボックスの『レインディア・エクスプレス』などなど。
永遠の命を持った者の苦しみよ。想像することしかできないけど、たぶん想像もできないほどの孤独なんだろうなって。

卯太郎の妻・トミは、夫が若返り自分だけが老いてゆくのに耐えられず飲血を始める。
もうこれはしょうがないよねえ。こっちは老けてBBAになっていくのに、伴侶がツヤツヤに若く美しくなっていくなんて拷問だよね。
生活することを「食っていく」と言う様に、生きるということはイコール食べることなのだ。生活する中でもっとも時間を費やすのは、食に関わること。メニューを考え、買い物し、調理し、食べて、後片付けをする。そしてまた次の食事の準備が始まる。(これは本当にそう!!!家事担当の魂の叫び)
食という大きな娯楽(大いなる苦役でもあるが)を失い、陽の光を失い、夫は不能でセックスもない。若く健康なのに何の楽しみもない。(当時はテレビも普及していない)不老の体での生き方を見出せなかったトミは、ついに夜の町に出て酒を飲み食事をし、ゆきずりのセックスをしてしまう。
トミの体は食べ物を受け付けず、口にしたものを全て戻し、そして大量の血を吐き、急速に老化して死んだ。
この時の描写はただマイムだけで、あとはSE(効果音)のみだったんだけど、それがものすごくリアルというか、「バシャッ」ていう音がグロくて恐ろしかった・・・。初演の時、こんな音してたっけ?

妻亡きあと協力者の糸魚川医師をも失い、失踪した卯太郎は生き抜くためにヤミ買血する。こう書くと陰惨に感じるが、ヤクザものに認められ、チンピラの玉田くんと仲良くなったりボウリングで賞金を稼いだりで楽しい一時。玉田くんおすすめの漫画は『ポーの一族』w
しかし玉田くんは鉄砲玉となり、19の若さで亡くなる。楽しい時間は短い。
結局金があれば何とかなるんだよねえ。そういうシステムの世界だから。
んでボウリングの流行、すでに半世紀前のことだけど記憶にあるアタシ。母が好きでマイボールやグローブを持ってたのよね。アタシと弟はボウリング場の託児所で遊んでた。懐かしい。

その後卯太郎は糸魚川の孫・弘明と会う。不老の体から人類に役立つ発見を期待していた祖父の研究を彼とその妻が引き継ぎ、代わりに血液の供給を請け負った。卯太郎は既に生きることに倦んでいたが、研究のために永らえることを自分に課す。
ある時飲んだ血が非常に美味しく、卯太郎はカルテを盗み見して血の持ち主を突き止める。その女性は死んだ妻に瓜二つで、そしてベジタリアンだった。彼女をナンパし(w)献血を装って採血するが、欲求に負けて途中でその血を飲み始める卯太郎。
これもホラーかサスペンスのような絵面だけど、めちゃくちゃコミカルで一番の笑いどころ。
そわそわする浜田さんの可愛さ。我慢できず恍惚として血を飲む時のエロさ、気づかれた時のスペキャ顔。助けを求め弘明に連絡する萎たれたワンコっぷり。結局どんな言い訳もできず、彼女に全てを打ち明けるんだけど、その時にそっと『ポーの一族』のコミックスを横から差し出す安井さんww

卯太郎を理解した彼女──恵は彼のパートナーとして血を与え、卯太郎は食餌療法の専門家として仕事上でもパートナーになる。ベジ料理の教室を開き、ベジタリアンの生徒からも輸血の為と偽って血を募った。
ベジの血は卯太郎の体を変化させ、太陽の光を克服した彼は昼の屋外を満喫した。

糸魚川の研究は成果が出ないまま時が経ち、夫妻も歳を取りついに飲血を始めた。
卯太郎は彼らを全否定する。飲血者を増やしてはならないと。血液を手に入れるための協力者が必要になり、その人間も将来きっと飲血する。不老の人間が増えれば賄いきれず破綻すると。
食物連鎖から外れた飲血者は天の敵なのだ。
人間の欲望は果てがない。太陽を失えば原子力という偽の太陽まで造り上げてしまうほどに。

この世の摂理から逸脱して永らえることは間違いだと悟った卯太郎は、糸魚川夫妻を始末し全てを終わらせると言う。最後に鰻を食べようと思います、と微笑む。
初対面の寺泊に全てを告白したのは、寺泊が死を「覚悟した」人間だから。自らも全てを終わらせる覚悟だったから。
「あなたは死を覚悟したんじゃない、絶望したんだ」
ラストシーン。
誰もいなくなった部屋で寺泊はそっと冷蔵庫の扉を開ける。中をじっと見るがそのまま閉じ、長椅子に力無く座り嗚咽する。部屋に戻った寺泊の妻が「大丈夫、大丈夫」と言いながら彼を抱きしめる・・・。

寺泊が冷蔵庫に血を見つけたら、それを飲んでしまったら・・・というifもあるだろうけど、きっとそれはないよね。永らえることの地獄を知ってしまったから。数年で妻子を残して死ぬというのも相当辛いけど。
自分だったらどうする?なんて話を観た人同士で語ったりすることもあるだろうね。絶対有り得ないifだけど。
アタシの母は持病の定期検査でガンが見つかり、治療はしたけど半年で亡くなった。初演と今回の再演の間の出来事だったけど、闘病中に観劇したらどう思うだろうなあ。罹患したのが自分だったとしたら・・・。
たられば話なんてしてもしょうがないけどね。

初演から5年分、死に近づいてるんだよなあ。
とはいえ、ただ生きるだけだけど。日々の瑣末なことに煩わされたり、楽しんだり、驚いたり。一喜一憂しながらその日を迎えるんだな、なんて考える。
ともかくイキウメはおもしろいし、この先もずっと観続けよう。

■キャスト
・橋本和夫(長谷川卯太郎)菜食の料理家・・・・・・浜田信也
・寺泊満 ジャーナリスト・・・・・・安井順平
・五味沢恵 橋本のパートナー
   /長谷川トミ 卯太郎の妻・・・・・・瀧内公美
・寺泊優子 寺泊の妻・・・・・・豊田エリー
・糸魚川典明 卯太郎の先輩医師・・・・・・市川しんぺー
・糸魚川弘明 医師・糸魚川典明の孫・・・・・・盛隆二
・糸魚川佐和子 医師・弘明の妻・・・・・・澤田育子

・玉田欣司 チンピラ・・・・・・大窪人衛
・時枝悟 食の求道者・・・・・・森下創
・長谷川卯太郎(回想)・・・・・・大久保祥太郎
・アシスタント甲・・・・・・牧凌平
・アシスタント乙・・・・・・高橋佳子

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