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【シロクマ文芸部】海の日は花火をご一緒に


 「海の日を一緒に過ごして下さい」

 僕にバイトの依頼が入ったのは海の日の5日前の事だった。

 僕は人材派遣のバイトをしている大学生だ。人材派遣といっても、恋人代行や友人代行といった類の物だ。依頼してきたのは僕より10歳位年上の女性だった。どうして年の離れた僕を指名してくれたのかは分からないけど、僕は仕事として精一杯依頼者の相手を務めるまでだ。

 依頼者とは海辺の駅前で待ち合わせをしている。今日は、一緒に海の日の花火大会を見るという依頼を受けている。

 「お待たせして申し訳ありません」

 僕が駅前に行くと、もう依頼者の女性は到着して僕を待っていた。すっとした立ち姿の依頼者は、僕より10歳も離れているなんて信じられない程の可愛らしい人だった。

 「いいえ。私も今来たところなんです。どうぞお気になさらないで下さい」

 花火大会にはまだ少し早いので、駅前のカフェでコーヒーを飲む事にした。店内は花火大会を目的に来たカップルや女の子達でほぼ満席だ。そんななか隣り合って座る僕達は周りにはどういう風に見えているのだろう。

 「今日は何とお呼びすればいいですか?」
 「そうね、じゃあミヤって呼んでもらおうかな」
 「分かりました。ミヤさん、今日はどうして自分に?他にもっとスタッフがいたように思うのですが」
 「こんなに年の離れた私が依頼したからかしら」
 ふふっとミヤさんは微笑んだ。
 「あなたがね、私の大事な人に似ているのよ。本当はね、その人と花火を見たかったの。だけど、もうそれはできないから」
 「なぜできないのですか?」
 「それはね。彼はもうこの世の人じゃないから。事故に遭って死んでしまったの」

 ミヤさんは黒目がちの目を伏せて、アイスコーヒーを飲んだ。僕は思わず、まつ毛が長いなあと不謹慎な事を思いながらミヤさんの横顔を見つめた。

 カフェを出て、花火大会の会場までは10分程歩かないといけない。陽は落ちてきたものの、湿気があるせいかまだまだ暑く汗が滲んでくる。僕とミヤさんはぽつぽつとありきたりな話をしながら歩みを進める。時折、ミヤさんは僕の目を見ながら話をする。だけど、その視線は僕を通して大事な人を見ているように思えた。

 ミヤさんは有料の観覧席を予約してくれていた。僕はポケットマネーで飲み物を2つ買った。

 「ミヤさん、これどうぞ。僕、観覧席で花火を見るの初めてです。ありがとうございます」
 「飲み物ありがとう。今日は、あなたとゆっくり花火が見たかったから奮発したの」

 「それは僕とじゃなくて、彼と見たかったからでしょう?」という言葉は口に出せなかった。

 やがて暗くなり、海の上に大きな花火の花が咲く。ドーンドーンという大きな音と共に次々と打ちあがる大輪の花火。それは、とても美しく華やかで、そして儚い。ちらりとミヤさんを見ると、ミヤさんの美しい横顔は涙で濡れていた。僕は気の利いた事も何も言えず、ただ折りたたんだタオルハンカチを手渡すだけだった。

 1時間程で花火は終わり、観客は駅や駐車場に向かって歩き出す。僕達はそれでもまだ観客席に座ったままで人の波をぼんやり眺めていた。ずっと、無言のままで。おそらく、それはほんの10分位の事だろう。やがて、スタッフの人達が撤収作業に入るのが目に入った。

 「ミヤさん、そろそろ行きましょうか?」
 「片付けの邪魔になりそうね。帰りましょう」

 僕達は駅に向かってきた道を戻る。街灯に照らされたミヤさんの横顔は、心なしかスッキリして見えた。やがて、最初に待ち合わせた駅前に着いた。

 「今日は付き合ってくれてありがとう」
 「いいえ。これが僕の仕事ですから、お礼なんて」
 「お腹空いたでしょ?ご飯、食べようか?」
 「あ、お構いなくです!それにもう契約の時間なんで」
 「本当に大丈夫?延長してもいいのよ?」
 「あ、いいえ。ほんと、大丈夫なんで」

 本当は延長をしてもらう方がバイト代が増えるので歓迎なのだけど、今日はもう帰りたかった。仕事とはいえ、心にずっと思う人を持っている人と時間を過ごすのが辛かった。ミヤさんの大事な人に似ているという僕を通して、ミヤさんの思いを込めた視線を受けるのが僕には耐えられなかった。

 「それじゃ、私はこれで。今日は本当にありがとう」
 「こちらこそありがとうございました!お気を付けて」

 駅の中に消えていくミヤさんの後ろ姿を見つめながら、早く傷が癒えて誰か新しい大事な人が見つかればいいのにと思った。

 ミヤさんの姿が見えなくなると、僕はホッとして急にお腹が空いてきた。ちょうど目に入った牛丼屋さんで牛丼を食べる事にして、入口に向かって歩き出した。


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シロクマ文芸部に参加します💛
今週のお題は「海の日を」です。


もっと違う風に書こうと思っていたのに、書き始めたらこんな風になってしまいました💦

タオルハンカチ、返してもらってないなぁ。
どうしましょ(>_<)
後日、ミヤさんから洗ったタオルハンカチと新しいタオルハンカチと菓子折りがバイト先の事務所宛てに届いたって事にしましょうかw


今日も最後まで読んで下さってありがとうございます♪


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