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恋愛小説

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商業誌未発表の恋愛小説を公開します。
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#小説

「冬鶴奇譚」

「冬鶴奇譚」

 *

ああ、なんか死んでもいいかな、とぼんやり思った。

さんざん安酒を飲まされて頭が痛い。
薄暗く寒い部屋の中でぼんやりと光るスマホには2:00と表示されている。帰宅してから約30分、水は飲みたいし熱い湯を浴びたいし何よりも眠い、それなのに、ソファから一歩も立ち上がることができない。
見たいわけでもないのにぼうっと眺めているSNSを閉じて、立ち上がって、部屋の電気を付けてから浴室へ行く。たった

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憑く香り

憑く香り

  *

 たたた、たたたん。

 もう何百回目になるだろう、鳴り続ける着信音を聞きながら、俺は苛々と頭を掻きむしった。

――何で出ないんだよ、クソッ!

 舌打ちして電話を切り、床へ投げつけたい衝動を必死に抑える。

 同じテーブルに着いたパートのおばちゃんが眉をひそめてこちらを見ているのに気づいて俺は無理やり愛想笑いをした。また、会社を辞める羽目になったら叶わない。

 ――畜生。美枝子のヤ

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VieRo

VieRo

目を覚ましてしばらく、自分がどこにいるのか思い出せなかった。
鏡張りの天井に、並んで寝転んだ男女の姿が映っている。
妙に蒸し暑い。私はゆっくり起き上がって辺りを見渡した。頭に泥が詰まっているように重い。
部屋の壁は天井だけではなく四方も鏡張りだった。寝癖が付いていることに気付いて、私は前髪を手櫛で整える。
鏡の中の自分に上目遣いでちょっと微笑んで見てから、改めて部屋を眺めた。
小さなダブルベッド、

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シスターコンプレックス

シスターコンプレックス

 考えてみて欲しい。
 もしも好きな女が突然、自分以外の男と結婚すると言い出したら君なら平常心でいられるか?
 いられないだろう。ぼくはいられない。
 いままで一つ屋根の下で暮らしてきて、当然この先もずうっと共に過ごしてゆくことができるのだと思い込んでいたのに、いきなり見知らぬ男に横から掻っ攫われていくとしたらどうだろうか。
「祝福して欲しいの」
 ぼくの気持ちを知っている筈なのに、美咲は残酷にも

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五分間の抱擁

五分間の抱擁

 ぼくの腕の中で、ナナコが眠っている。

 ように見えて安らいだ気持ちになったのはほんの一瞬だった。
 ナナコはすぐにぱっちりと目を開いて起き上がり、ぼくの腕から抜け出してしまった。
 ぼくは思わずその手を掴んで引き止めそうになって、やめる。
 いけない。ベッドから出たら彼女はぼくのものではなくなるのだ。
 それでも名残惜しく、ぼくは枕に顔を押し付けてナナコの残り香を吸い込んだ。
 セックスのあと

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