見出し画像

コムニ  7

薄暗く広大な講堂の壁は液状ガラスになっていて、目下には新都市の全貌が確認できる。光景だけではなく都市内のすべてのエリアにおいて、どの№のストリート、裏路地にいたるまでモニターできるスクリーンが備わっていた。男は冷たい暗がりからその空間とは比率的に不自然なほど狭いドアをくぐり、階段をぐるぐると産道を通るように風のあたる踊り場へと出た。

ひかりに細めた目の灰色の虹彩は崩れたように淡く大きく、遠くまで続く乾いたストリートを一望する。
男は名をテジロといった。
彼の目はその情景に、ふつうの人の見方とは違う別の空間の重なりを見ていた。能力というよりもそういう見方しか彼にはできなかった。この時代にはすでに少数生まれていたが、彼の時空間に対する知覚はやわらかく、つまり過去や未来の曖昧なひろがりも現在という点に透明に重ねて捉えていた。ただし大勢のものたちがどう見えていて認識しているのかもちゃんと理解していて、それらの世界に合わせてコミュニケートすることも可能であった。その両方を備えた能力を買われ、当時政府が運用していた都市のモニター的機関に配属されたのだった。

彼はジェネラル・ルーチンとしての退屈な日々を過ごしながらも、その能力によりすでに気づいていた。機関を構成する主要メンバーやこの建造物の性質がただの都市モニタリング以上であることを。機関が求めている最終形態が感覚的に写りつつも、それが何なのか明確には判断できずにいた。彼はこの半端な能力をもどかしく感じながら、すでに数年の月日が流れていた。

もどかしくありながらも各々の条件パーツが揃う瞬間、明かされる。それだけは分かっていた。ストリートの遥か北から吹いてくる風の匂いを捉えながら' タイミング 'が来るのをそこで待っていた。


・・・・・・・・・・・・

この時代、環境にことごとく裏切られた人間たちの生は、もしかしたらその本領というものを存分に開こうとしていたのかもしれない。あたかもそれこそが人間の開花に必要であった筋書かのごとく。

生命維持装置としての肉体を超え、知 は生きるために世界を網羅しつくさんばかりにはたらき、
そうして 陸 海 の果てに そら(宇宙)を貫きその先に それらを含む神妙なるシステムに届かんとした。

まるで樹海に生息が「確認」された動植物たちのごとく、そら にあのクラゲ状の舟を見るようになった。

あたかもずっとそこにいたものが可視化されたように。

それらをただ受け入れつつ
人間はしぜんと、自らの生命装置をひそやかに アップデートしていった。

それが人間の静かな強さであった。








COVER PICTURE:Anni Roenkae | Visual Artist | Finland


この記事が参加している募集

宇宙SF