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緊急事態宣言中の休日の夕食、そしてフランスパン

夕飯は家にある鶏肉を焼いて食べることにした。

土曜日の夜。
夫も私もそれぞれ朝早くに用事があり、それがすむとぐうぐうと、夫はカーペットの上で、わたしはソファで昼寝をして、気付くと日がとっぷり暮れてしまっていた。
このへんは夫婦二人暮らしの気安さである。

うつ病の夫が食事担当、わたしが外で仕事担当になって約1年近く。
夫は寝てしまっただるさで面倒だったのか、近所の焼肉屋さんに行こうかと言う。
緊急事態宣言中だし、そもそも夫のポリシーで「基本的に外食はしない」と決めていたのではなかったか。

「今更、何を言ってるの。いやだよ。」
出かける面倒を緊急事態宣言に押し付けて、拒否してみる。

それではと、夫が近くの激安とんかつチェーンでテイクアウトを申し込もうとすると、今度はオーダー時間を過ぎてしまっていた。やはりこの期間は夜は早くしめるようだ。

こうなると、東京の田舎に住んでいる私たちには、もう他に選択肢がない。

では家にあるもので、ということで、わたしが鶏の胸肉をやいて、玉ねぎを炒めたものや、ニンジンとツナのサラダを添える。適当だが食べられる。最初からそうすればよかった。

「ものすごく早く作るなあ」と感心される。それはそれでうれしいので、素直ににんまりと笑う。

夫は冷凍したごはんをチンして添える。

私はなぜかあまり空腹ではなかったので、小さなフランスパンのきれっぱしが冷凍庫に残っているのを思い出し、1つだけ焼いて最後に食べた。

近くのパン屋で買ったバタール。

バタールってなんだろう。バターの味が濃いフランスパンだっけ。

「フランスパンとかこういうハード系のパンっておいしいよね。」
「俺も好き」

わたしたちは起きる時間が結婚したときからバラバラだ。朝ごはんはそれぞれが用意して食べる。

夫は意識が高くて、バターコーヒーだのMCTオイルだの模索しているようだが、わたしは昔からコーヒーにトースト。これがないと朝が始まらない。

「でも食パンよりフランスパンが好きなんだよね、本当は」

食パンにしているのはコスパと楽さをとっているところがある。フランスパンを切って数枚焼く時間さえ惜しい。

それでもパンだけはスーパーでは買わずにパン屋で買うようにしている。6歳ぐらいから、まあまあ美味しいパンを食べていたから、どうしてもそうなってしまう。

学生の頃に「贅沢だ」とアドバイスされ、スーパーのパンを買うことにした。有名な女優がCMをしているパンだ。

なんだ、わりとおいしいなあと思った。だが1年以上たったときに「もう絶対無理。1口も受け付けない。」と思った。それ以来、その手のパンは買っていない。

今では改良も重ねられて美味しいと思うのかもしれないが、あの「受け付けない」という感じが、大腸がん検査の下剤を飲むときのように思い出されてしまうからだ。

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パン屋で買うと高くつく。

夫がもう仕事をしなくなったらパンはどうしよう。ご飯にシフトチェンジか。最近のうすぼんやりとした悩みである。


ビールが回った頭で、フランスパンの切れっぱしを眺めていたら、ストーブの上の焦げたフランスパンの映像が浮かんできた。

10歳になるかならないかの朝の景色だ。

ものすごく朝起きるのが苦手だった。それは今も同じだけれど。

祖母に、叔母に、母に、順番にたたき起こされ、寝ぼけまなこでストーブの前に立たされ、「早く着替えなさい」と母にどやしつかされながら、モゾモゾと制服を着る。寒いからねと言われてストーブの上に立たされる。

九州の朝は遅い。薄暗い光の中に見える古い石油ストーブのあかり。

赤い凝った刺繍の絨毯の上で、それにはぼんやり熱い火がともっている。

そして、ストーブの鉄板の上でじりじりと焦げる2枚のフランスパン。
私以外の家族は味噌汁とご飯なのに、1人だけフランスパン。

好き嫌いがとにかく多い子供だった。わざわざ母はそれをデパートで買ってきてくれた。今でも家に帰ると「パンならあるけど食べる?」と聞かれる。
ずっと帰っていないから1年以上、聞いていない。

個人的にも、時代的にも、すっかり遠くなった昭和の豊かさと共に、多少脳内で割り増しした映像が心によみがえる。赤いペルシャ絨毯にストーブ、そしてフランスパン。

愛されていたんだなあと、心に灯がともる。
そして今も愛されているんだろう。

ふるさとは遠くにありて思うもの。面倒臭がりで、電話が苦手で、いい年をして家族の愛情が鬱陶しくて、音信不通ぎみなわたしを許してほしい。


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