ミヨ子さん語録「ほめっ」補足

 昭和5(1930)年、鹿児島の農村で生まれたミヨ子さん(母)の来し方を振り返る中で、 たまにミヨ子さんの口癖や、口ぶり、表現を「ミヨ子さん語録」として書いていて、前項では「ほめっ」(暑い、蒸し暑い)について、ミヨ子さんの夫・二夫さん(つぎお。父)の思い出とも絡めて述べた。

 鹿児島弁を取り上げる際は、愛用の「鹿児島弁ネット辞典」で毎回用法や由来を確認している。たまにミヨ子さん(たち)の用法とは違うニュアンスのこともあるし、まれに言葉そのものが見つからないこともある。

 「鹿児島弁ネット辞典」は現在鹿児島市内で使われる鹿児島弁を中心に編まれているようだから、しかたがない部分もある。鹿児島は離島の多さやその分布の広さを抜きにしても、本土部分だけでかなり広いし、地域ごとの地理的・歴史的・文化的な差異も大きいのだ。いまではそれほどでもないだろうが、携わる職業によっても使うことばが違う。

 前項の「ほめっ」も、掲載されてるだろうかと思いながら検索したら、あった。意味や由来は前項で引用したとおりだ。

 ただちょっと驚いたことに「ほめっ」には複数の意味、用法があったのだ。以下に転載する。なお、由来はすべて「火(ほ)めく」の転義、転訛である。

①麹が発酵する。堆肥が発酵する。
 用例:こしが、ほめっ。(麹が発酵する。)
②火照る。顔がほてる。
 用例:しょちゅをのんだや、ほめっ。(焼酎を飲んだら、顔がほてる。)
③応用例
 ほめっばん/意味:熱帯夜
 用例:ほめっばんな、ねぐるし。(熱帯夜は、寝苦しい。)

 地域性なのかもしれないが、わたしはミヨ子さんたち周囲の大人が「暑い、蒸し暑い」以外の用法で「ほめっ」と言うのを聞いたことはないように思う。

 しかし由来が「火めく」であれば、暑い(暖かい)と感じる現象にこの単語を広く当てはめるのは、無理がないとも言える。①の「麹が発酵する」という用法は、発酵の際熱が放出される現象にもとづくものだろう。もっとも、家庭で味噌を作るのが当たり前だった頃でも、ミヨ子さんたちは「こしが、ほめっ」とは言っていなかったように思うが。

 鹿児島弁には古語が多く残っていることは、これまで何回か書いてきた。「火めく」も、古語とまでいかなくても古い日本語である(明治くらいまでは標準語でも普通に使われていたらしい形跡もある)。同じような例は、ほかの地方の方言にもたくさんあるだろう。

 ことばは文化であり、歴史や習慣を体現するものでもある。古くからの日本語が生活に根付いて残ってきた方言は、もっと誇りを持っていいし、尊重されるべきだとも思う。しかし、わたし自身鹿児島で方言を使っていた子供のころは、むしろ「恥ずかしい」気持ちのほうが強かった。

 東京一極集中は文化の均一化をも推し進めてきた。だが自分たち世代も東京に「憧れ」崇めてきたことが、方言の衰退につながっていたと、あとで気づいた。鹿児島の人々が方言をメインにして闊達に語り合う光景を復活させるのは、もうかなり難しいだろう。せめて上の世代の記録に、わたしが知る範囲で残しておこうと思う所以だ。

《参考》
【公式】鹿児島弁ネット辞典(鹿児島弁辞典)

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