文字を持たなかった昭和488 困難な時代(47)リテラシー

 昭和の鹿児島の農村を舞台に、昭和5(1930)年生まれのミヨ子(母)の来し方を軸にして庶民の暮らしぶりを綴っている。

 このところは、昭和50年代前半に取り組んだハウスキュウリに失敗し一家が厳しい生活を送った時期について40数回にわたり書いてきた。家計は八方ふさがりな中、舅(祖父)が苦労して手に入れた田んぼを1枚は手放し夫の二夫(つぎお。父)は土木作業に出て地下石油備蓄基地の建設現場で働いた。やがて直腸がんを患ったが病名を知らないまま不調を押して働き続け、現場で倒れた。手術を受けたものの土木作業への復帰は無理で、ハウスキュウリの借金の残りは娘の二三四(わたし)が肩代わりしたことまで、40数回にわたり述べた。

 債務の返済に苦しんだ、10数年にも及ぶこの「困難な時代」については前項で終わりにするつもりだったが、書いている途中でふと考えたことを思い出したので、もうひとつ記しておく。それは、サブタイトルにある「リテラシー」だ。

 ITリテラシー、金融リテラシーなど、昨今頻繁に「リテラシー」が使われるようになった。もとの意味は識字力であり、現在ではある分野に関する知識や能力を活用する行為、あるいは能力そのものの意味で使うことが多いようだ。

 この単語を思い出したのは、ミヨ子たち一家の事業での失敗やその後の経緯をたどる中で「身の丈に合った暮らし」、つまり自分(たち)に適した生き方について考えることがたびたびあったからだ。自分に合った生き方を考えるうえで、現実を分析し自分に合うように活用する能力は欠かせないだろう。

 「困難な時代」のみならず、これまでnoteに綴ってきたさまざまなエピソードからもわかるとおり、二夫にはそれが十分あったとは考えにくい。(本人の名誉のために付け加えると、二夫の人柄や農業における技術や能力、社交力とは別のことだ。二夫自身は勤勉で十分に魅力的な人だった。)

 娘の二三四は、親を批判的に見るようになって以降、noteを始めてからの期間を含む長い年月、父親に経営センスがなかったことが一家に困窮をもたらした原因だと思っていた。もちろんそれが直接的、かつ大きな要因だったことはほぼ間違いないとも思う。

 しかし、二夫に「じいさんが苦労して買ったのだから手放すわけにはいかない」と思わせた田畑や山林――それらはあちこちに散らばっていた――、そして大正年間に建てた大きな屋敷等などを手に入れた、あるいは手に入れようとしたとき、ミヨ子にとって舅となる吉太郎自身(祖父)は、それらをどう活用していこうと思っていたのだろう、と考えたのだ。

 農家の長男ではなかった吉太郎は、苦労してこれらの土地をこつこつと買い広げた。働きづめでお金を貯めては土地を買い、作物を育てて売ってはまた土地を買う、いい話があれば土地を誰かに貸しておいて出稼ぎにも行く、という生活を繰り返しただろう。一代であれだけの土地を買ったのだから、勤勉で忍耐力があったのだろうし、商才と言っていいかどうかわからないが、いまでいうビジネスセンスも持ち合わせていたかもしれない。

 ただ結婚は遅かったし、男の子一人しか授からなかった。親子3人、いずれ子供が結婚し家族が増えると考えていたとしても、一族の将来をどう考えていたのだろう。自分が買った土地や山林を、息子や未来の家族がどう使っていくかまで考えていたのだろうか。

 おそらくだが、田畑があれば食うには困らない、土地があれば何かあったときも安心、住む家もちゃんとある、それらをどう使うかはいずれ息子が考えればよい、という程度だったのではないかと思う。

 そもそも、日本の古い農村の共同体の中では、相互の助け合いが十分機能していたから、なんでも自己完結する必要はなかった。問題が生じたら親戚が助けてくれたり、共同体の長老格が知恵と経験からアドバイスをくれたり仲裁してくれたりした。だから、自分で一から十まで考える必要はなかったとも言える。

 吉太郎自身、ろくに小学校も出ておらずほとんど字が読めなかった。にもかかわらず、あれだけの財産を築いたことには本当に敬服するし、どれだけの苦労があったのか想像もつかない。一方で、さまざまに情報を集めて駆使して、効率よく働いたとも思えない。そんな働き方、生き方が求められる時代でもなかった。

 そこからどんどん時代は変わり、便利になった分お金(経済)の重要度は増した。個人の責任も問われるようになった。いま、われわれは情報の海に放り出されて溺れそうだ。何をするにも自分で分析し考え結論を出し、責任をとることが求められる。変化を続ける時代の流れに、二夫はついていけなかったと言えるのかもしれない。

 つまるところ、それぞれの時代で求められるリテラシーは変わる、ということか。吉太郎はその時代では十分にリテラシーを発揮した、と言えるのかもしれない。その結果をどう生かすのか、は残された人々、家族の、これまたリテラシー次第ということでもある。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?