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虹の橋を渡る前に


ボクは入り口から鼻と目をちょこっとだけ覗かせて、葵を見つめた。

〝出ておいでよ!どうしたの?もぅ、また来るからねー!〟

葵の姿が遠くなっていく。足音も匂いも、全部遠くなっていく。

次に葵が帰ってくるのは1年後だ。
ボクはその前に虹の橋を渡ることになっている。
だから、もう会えないんだ。ごめんね、葵。

ボクが生まれた時、葵は10歳くらいだった。
ボクは葵の友達の家で生まれて、少ししてから葵の家族の一員になった。

葵もボクもどんどん大きくなった。
3年くらい前からかな、葵はどこか遠くへ行ってしまった。
1年に1度か2度しか帰ってこない。
だから、葵が帰ってきたのがわかると必死で叫ぶ。〝どこ行ってたんだよ、会いたかったよ〟って。
葵には、 ワンワン、としか伝わってないようだけど。


それから、やっぱり葵が帰ってこないまま、虹の橋を渡る時が来てしまった。
あと1ヶ月、渡らずにいられたら会えるのに…。
でもこれは決まりごとなんだ。
ごめんね、葵。そう言いながら橋を渡り始めた。
橋のてっぺんまで来ると、葵の姿が見えた。
泣いている。
ボクはてっぺんから、動けなくなった。
何日も何日も泣いている葵をずっと見ていた。

ボクは虹色の光の中で叫んだ。
〝お願いです!少しだけ葵の所にいさせてください!このままじゃ、虹の橋を渡りきれません!お願いです〟
辺りが眩しくなった。真っ白な光に包まれて、葵の姿も見えなくなった。

どれくらい時間が経ったんだろう。
雨上がりの土の匂いと、どこか懐かしい匂いを感じて目が覚めた。
この場所、知ってる。お散歩でよく通った道だ!
飛び起きるとなんだか体が変だった。
近くに水溜まりがあったから、覗き込んでみた。

ネコだ。三毛猫だ。
ビックリしたけど、葵に会えるなら何でもいい。気づいてくれないかもしれないけど。

道は覚えてるから、家へと向かった。
たどり着いて裏の方から玄関の方へ行くと、
葵がいた。帰ってきてる!
玄関先に小さなイスを出して、座っていた。
壊さずにそのままにしてある犬小屋を見つめている。

そうっと犬小屋に向かって歩いた。
葵がこっちを見た。ビックリしている。
ボクは葵を見つめたまま、ゆっくりと犬小屋の中に入って座り込んだ。
目を真ん丸くしてボクを見ている。
犬小屋は、まだボクの匂いがする。

少しして、ゆっくり立ち上がり犬小屋から出た。
そのまま葵の方へ向かう。
葵は、ビックリしたままの顔しながら、膝をポンポンとしている。
おいで、乗ってごらんと言うように。

ボクは葵の膝にぴょんと乗って、丸くなった。
ポツリと何かが背中に当たった。
背中を撫でながら泣いている。
ボクは葵を見上げて、〝大丈夫?〟と言った。
葵には、にゃあ、としか伝わってないようだけど。

〝可愛いね。どこから来たの?おうちは近くなの?〟泣きながら色んな事を聞いてくる。
〝なんで犬小屋入れるの?ラッキー…連れてきてくれたの?〟

〝ボクだよ、ラッキーだよ〟そう言っても葵には、にゃあ、としか伝わらない。

しばらくボクを撫でているうちに気持ちが落ち着いたようだ。
ボクは膝から降りて歩き始めた。
〝また来てね〟
一瞬振り返って、にゃあ、と返事をした。

それから毎日家に行った。
最初葵は、〝また来てくれたの?〟と驚いていた。けど行くたびにボクを見つけて笑顔になった。
三毛猫のボクに、ミケと名前も付けてくれた。
もっとかっこいい名前が良かったけど。

1週間くらい経っただろうか。葵はまた遠くへいってしまったようだ。
最近はお母さんがボクにゴハンをくれる。葵のことを話ながら。
お父さんはネコは苦手だ。だからあまり近づいてくれない。寂しいけど。でもネコのボクの為に犬小屋を壊さずにいてくれている。優しい人だ。

葵も、お父さんもお母さんも元気になってきてボクは安心した。
そろそろ虹の橋を渡ろう。
葵なら、もう大丈夫。



また会えるから。
必ず会えるから。


虹の向こうに行ってくるね、葵。

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