三宅陽一郎 短編小説集

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小説『未来人狩り』

プロローグ
「おい、そっちじゃないぜ」と早瀬は言った。
「整備室はこっちだ」と彼が指差した先には、客の流れから外れた場所に、飾り気のない事務的な灰色のドアがあった。窓から差し込む夏の日差しに焼かれた灰色のコンクリートに、そのドアは同化しているように見えた。僕の手には、最新の画像認識プログラムが入ったメモリーがあり、彼の手にはセキュリティカードがあった。僕たちは、この会場の五百人の観衆の中に潜む未来

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小説 「ロボット三原則の彼方に」

「はあ、ロボット三原則?そんなもの、今のロボットには実装されてないわよ。ああいうのは、SFの中だけのお話なのよ」
とエルは言った。
「あんなに有名なのに?どうして実装されなかったのさ」
 とロバートは言った。
「そんなの、百年前の人に聴いてよ。私たちが物心つく頃には、家にも、街にも、ロボットやらドローンやら町中、溢れていたし、私はその上に、ちょっとした機能を作っていただけよ。心理学的な機能をね。」

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『ロボットの国』

「ナワテ、それは本当に必要なの?」と彼女は言った。
「必要だからいるんですよ。誰にとって、は、おいておいてね」

俺たちは砂漠の真ん中のカフェのテラスで話し合った。目の前には、果てしない砂漠の荒野が広がっている。何百度目かの光景、何千度目かの学習。俺の中の報酬系が敵に勝つことを運命付けている。俺より旧式の彼女は俺より一世代前の人工知能だ。だから、もっとこの戦争にうんでいるのだ。俺たちは戦争開始時間

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「星は歌う」 (SF小説)

「星は歌う」                 三宅 陽一郎

海辺のハイウェイを飛ばす。オートドライヴだが、警察特権モードにして加速する。青い光が曲がりくねった道の向こうに見え隠れする。彼の任務は暴走族の検挙だ。この数か月、街に出現する新しい暴走族を検挙している。暴走族の速度は実に200kmに達する。この車でなければ追い付けない。この都市の暴走族の担当になった未守和佐は、勤続5年で二十八歳にな

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SF短編「夜明けの知能」三宅陽一郎

第一章 「邂逅」

 男の前には一本のビールが置かれていた。男は先程からそのビール瓶を一心に見つめている。いや、ビール瓶を見つめているのではない。その向こうに彼がこれまでの人生で飲んで来たすべてのビール瓶の記憶を並べて見つめている。男に残された時間は少ない。三十日後には解体されスクラップにされてしまう。男の名はサムエル。四十年前に労働者ロボット「レーバー」として製造された、初期型のロットである。見

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チューリング・ガール (小説)

夏の午後の日差しのもと、僕は一人の女の子と歩いている。彼女の白いブラウスは鋭い夏の日差しを反射し、真っ青なスカートは空に融けそうなほど輝いている。彼女は僕の手を握り、ルミノシティの街を歩く。暖かくやわらかい。だが問題がある。何か問題があるわけではない。この状況自体が一つの問題なのだ。僕はそれを解かない限り、前に進めない。僕は彼女を「観測」する。一挙一動を「観測」し「検証」し「確認する」。彼女が本当

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小説「最果ての森」

月が出ている。高く明るい月だ。私は月明かりの照らす真っ白な道を森の中へ運ばれる。ふさふさとした二本の手が私の体を抱いている。暖かい、不安がない、風が気持ち良い。白い毛が揺れては私に触れる。ずんぐりとした足で歩いている。長いひげと、湿った鼻と、体を包む白い毛並が歩くたびに揺れて、見ているだけで私の胸をワクワクさせる。目は赤く大きく砕けた水晶のように深い。でも言葉は太く優しい。「大丈夫だよ。」ウサギは

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「冬の恋人たち」(小説)

「冬の恋人たち」

* * *

それは深い雪が降った日のことだ。僕は校庭で一緒に遊んでいて怪我をした友人の見舞いに行った。当時、僕ら3人は、何気なく一緒につるむようになって、捉えどころのない漠然とした 高校生活というものを、よくわからないまま一緒にふらふらしていた。

友人の一人が、 休み時間に遊んでいるうちに、校庭で怪我をして入院した。たった2人になってしまった僕らは、 暇と寂しさを

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小説「さざなみ」

第一章

私の名前は小牧佐智子。高校一年生。名前はまだない、じゃない。名前はある。佐智子。私はこの名前が気に入っている。一つの音に一つの漢字が割り当てられているのが素敵だ。私は私自身が好きか、わからない。でも、私ではない人は私が嫌いなようだ。私の中にある何がそうさせるのか、わからないが、友達は、まだない。でも、入学して一週間だ。もう少ししたら、出来るかもしれない。私は駅を降りて、家路へ歩く。

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「京都大学の思い出」

「京都大学の思い出」
※フィクションです。でも、本当の物語。

もうすっかり教室の外は夜の帳で満たされていました。たくさんの生徒が帰路についた後、
電灯の下、教室には私と老教授だけが残されました。

老教授はまっすぐに私をみつめると、こう言いました。

「三宅くん、人工知能とはさかさまの科学なのだよ。」
「さかさま?」
「そう。原理と現象が逆転しているのだ。」

「失礼ながら、学問とは、ユークリッ

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