「フレンパ」~友だち以上父親未満~ 第19話
四ヶ月後、吾朗は会社内の喫煙ルームで、ビジネス雑誌を見ながら満足そうに煙草を取り出して火を点けた。視線の先にある誌面には、亜矢子の写真とともに『インハウス・アプリが会社を変える』というタイトルで掲載されたWAPの取材記事があった。すでに、大手メーカー数社が導入し、社内の活性化と業績の向上がみられたことから、IT業界でも注目のベンチャー企業として有名なビジネス雑誌の取材を申し込まれたのだと、先日、亜矢子から通信アプリで連絡があった。
「よかったな」
吾朗は、喫煙ルームで目を細めながら、そうつぶやいた。
吾朗が初めて表参道のシェアオフィスを訪れた後、亜矢子は、わずか一ヶ月でバージョンアップ・モデルとなるプロトタイプを完成させたのである。その後、吾朗は、通信アプリを使って亜矢子と連絡をとりながら、まさに二人三脚で修正を繰り返し、今の完成形へと作り上げたのだった。そして、ビジネスモデル特許の取得など、関連する著作権保護にも万全を尽くし、満を持して新作アプリをビジネス市場に送り出したのである。
(例の記事、読んだよ。おめでとう。これから、忙しくなるぞ~)
通信アプリで吾朗は、そんなメッセージを亜矢子へ送信した。
(ありがとう。ところで、今晩、時間ある?)
早速、亜矢子が返信を送ってきたのだった。
(大丈夫だけど。何時で、どこがいい?)
(午後七時に、新井薬師前駅で。以前に、フレンパが話してたスナックに行ってみたい)
ふたりが、アプリ開発のコミュニケーションを始めた頃、「綾島さん」と呼ぶのが面倒になったと言い出した亜矢子は、「フレンパ」というニックネームを考え出し、吾朗のことを、いつもそう呼ぶようになっていた。それは、フレンドとパパをミックスした造語である。そして、吾朗もまた、亜矢子へ丁寧語を使うことなく、フレンドリーな言葉で会話をしていたのだった。
「カノンに行きたいのか・・・、ふっ」
吾朗は、亜矢子からのメッセージを読みながら、口元を緩めた。
(了解)
最後のメッセージ送信が終わると、吾朗は、喫煙ルームのドアを開け、いつもと何ら変わらない窓際族の日々へと戻っていった。
吹き抜ける秋風に少しずつ寒さを感じ始めた、午後七時の新井薬師前駅。
駅の改札口を出た吾朗は、家路を急ぐ人々で溢れる駅前広場の、いつも見なれた風景を少し背中を丸めながら眺めていた。
「お待たせ。寒くなったね」
吾朗が寒そうに背を丸める姿を見ていたのか、亜矢子がそう言いながら近づいてきた。
「おう。ところで、雑誌の取材記事。おめでとう、よかったな」
「ありがとう」
そう言う亜矢子を見ながら吾朗は、自分たちが親子のイメージからは、ほど遠い、ドライでもありウェットでもある独自の関係が出来つつあるような気がしていた。
「亜矢子ちゃん、お腹空いてる?先に何か食べてからでもいいけど」
すでにフレンドリーな会話をしていた吾朗だが、ごく最近は亜矢子のことを自然な口調で「亜矢子ちゃん」と呼ぶようになっていた。
「ううん、大丈夫。早い時間のほうが、他にお客さんいないでしょ。そのほうが、ゆっくり飲めるしね」
そんな亜矢子の言い草は、まるで自分が言うセリフのようだと、吾朗は心の中で嬉しさの中にも、若干複雑さも混ざった感覚を抱いていた。
「じゃ、行こうか」
そして、ふたりは、駅前広場とは反対側にあるビルの入口へと歩いた。
「カラ~ン、コロ~ン」
吾朗がドアを開けると、佳乃子は、いつものようにカウンターの中で、キープボトルの整理をしていた。
「あら、いらっしゃい。まぁ、今日は若いお嬢さんと一緒?」
佳乃子が、吾朗の後ろから店に入った亜矢子を見ながら、そう言った。
「ああ、最近よく一緒に仕事をする機会があって、優秀な社外のビジネスパートナーみたいな人だよ」
いつものカウンター席に亜矢子と並んで座った吾朗だが、十和子や亜矢子のことについては、まだ誰にも話してはいなかった。もちろん吾朗の家族、そして佳乃子にも。
「初めまして、若山亜矢子といいます。今日は、フレンパ・・・、いえ、綾島さんから、よく聞かされていたカノンさんに、是非おじゃましたいと思いまして」
「フレンパ?」
佳乃子の言葉に吾朗は、亜矢子は自分を父親のように慕ってくれているから、そういうニックネームで呼ばれていることを話した。
「そうなんです。友だち以上父親未満ということで・・・」
笑いながら、そう話す亜矢子の声が若干うわずっているようにも聞こえる。
「ふ~ん。でも、おふたりさんを見てると、何だか、お顔が似てるわね。まあ、美男、美女だから、似てるのも頷けるけど」
佳乃子の鋭い直感に、吾朗と亜矢子は、内心ビクビクしながらも笑いながらお互いの顔を見合わせた。
「亜矢子さんも、水割りでいいのかしら?」
佳乃子は、水割りのグラスを吾朗の正面に置きながら聞いた。
「はい、お願いします」
「じゃあ、今日は亜矢子さんのために、おつまみ多めにしようかな~」
佳乃子はそう言うと、追加の水割りを作り、それを亜矢子の前に置いた後、カウンターの奥へと入っていった。
「さすが、銀座にいらした経験が長いだけに、人を見る眼が鋭いわね」
「でしょ?それと・・・、今まで、いろんな悩みを聞いてくれてね、生きる支えになってくれたから、窓際族でも、なんとか会社を辞めずに頑張ってこれたんだと思う。ママには感謝してるよ」
そう言って吾朗は、水割りを口に含んだ。
「生みの母親、家の奥さん、夜のママ。男には三人のママがいるって、よく言われるけど、本当にそうなのね。ただ・・・、フレンパには四人目のママもいるけど」
亜矢子が最後のフレーズを小声でささやくように言うと、吾朗は、「ぷっ」と、口に含んだ水割りを噴き出しそうになった。
第20話(最終話)へ続く。
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