見出し画像

「東京恋物語」第七話:秘密の錬金術

午後六時。
祐太郎は、ホストクラブ・ゼウスのカウンターにある機械にタイムカード差し込むと、内勤のトシヤから、今日もトイレ掃除から仕事を始めるように指示された。
「ユウ、昨日と全然イメージ変わったじゃん。それじゃあ、初回の女の子が来たら、ユウには多めに接客チャンスあげるから、飲み直しで指名入るように頑張れよ」
飲み直しとは、格安料金で入った女性客が、制限時間終了後も、ホストを指名して飲み続けることを意味する。つけ回し担当であるトシヤは、そう言うと、祐太郎の背中を軽く叩いた。
軽く会釈をして、はにかんだ表情をした祐太郎は、店のカウンター内に掲げてある、総代表の美月涼が直筆で書いたホスト三カ条なるシルバーの額縁を見つめた。
一、童心
二、正義
三、愛情
一つ目の童心とは、頭で考えてひねり出す言葉でなく、心から自然に発する言葉でお客様に接するということである。
二つ目の正義とは、自分らしく正直に生きる、つまり人の真似をするのではなく、自分独自の判断基準や行動指針となる正義を持つということ。
三つ目の愛情とは、店や職場の仲間、そして自分自身を愛するということ、さらに、人に対する情けを持つということである。
祐太郎は昨晩、トシヤから初回の女の子に接客を指示されて応対した際に、何も言えず、あげ句の果てには、手書きではあるが、渡した名刺を女の子がクシャクシャにしてしまい、呆れられたことがあった。
「全てじゃないが、多くの女の子はなぁ、子供みたいに思いっきりはしゃぎたいんだよ。このうつし世で汚れた自分の心を、この場所で、ピュアな少女時代に戻したいんだ」
クシャクシャにされた名刺を持ってカウンターに戻った祐太郎に、代表の三上が、美月の三カ条を指で示しながら言った。
「お前だって、小学校くらいの時は、男でも女でも友達と話す時、頭で言葉を選ぶことはなかっただろ?それと一緒。ハートから湧き出る言葉で接客してみろ」
そんな三上の言葉を思い返しながら、店内掃除、そして朝礼が終わり、時刻は開店の午後七時を過ぎて、八時になろうとしていた。
「いらっしゃいませ!」
突然、ホスト達の大きな声が、ホールに響いた。
初回の女の子がふたり連れで入ってきたらしい。
女の子たちは、カウンターで年齢の証明ができるものを見せると、トシヤはスマートな仕草で、ふたりをボックス席まで案内し、何やら初回システムの説明をしていた。
店によって違いはあるものの、初回であれば一時間半の焼酎水割り飲み放題で、サービス料と消費税込み、ひとり二千円前後が相場である。ゼウスでは、その二千円で設定していた。
「おい、ユウ。この次、あの初回テーブルに行って笑わせて来い」
数人のホストが、入れ替わり接客するものの、ふたりの女の子は少し退屈な表情を見せはじめている。その様子に気づいたトシヤは、祐太郎へそう告げた。そして、接客中であるホストの肩を背後から軽く叩くと、トシヤは祐太郎を見て、交代するように目で促した。
早速、キャビネット棚から素早く自分用のグラスをひとつ取ると、祐太郎は女の子がふたり座っているボックス席へと向かった。そして、テーブルを挟み、ふたりの正面にある丸椅子に腰をかけた。
「こんばんは。お酒、進んでる?濃かったり、薄かったりしたら、作り直すよ」
手作りの名刺を二人の前に差し出しながら、祐太郎が問いかけると、ふたりは反応することなく、手元の携帯電話を取り出し、画面を操作しはじめている。
正直なところ、祐太郎は頭の中が真っ白になったように混乱していた。『どうすればいいんだ・・・』そう考えながらも、『童心に戻って話せばいい』、そんな美月の三カ条を思い出して、再び話し始めた。
「実はね、今日でホスト二日目なんだ。その前は、タクシードライバーしててね」
すると、ふたりの女の子の一人が、携帯電話から視線を上げた。
「ふ~ん。でも、なんでホストになったの?」
「えっ」
祐太郎は、予想外の質問に、まさか本当の事は言えず、再び頭の中が混乱しはじめた。そして搾り出したひと言は・・・。
「人生勉強したくてね」
「何それ?」
別の女の子が、携帯電話から視線を上げて祐太郎に言うと、ふたりそろって笑い出したのである。
これも、祐太郎には予想外のリアクションであったため、その次の言葉が見つからず、「ワッハッハ」と自分も同じように笑うしかなかった。
「じゃ、初めましての乾杯しない?」
「いいよ。タクシードライバーさん」
「じゃ、出発進行!」
祐太郎は、そう言いながら、自分用の水割りを作りはじめた。

エスプリグループが管理する寮には入らないことで、三上に了解をもらっていた祐太郎は、大久保の自宅からゼウスに通い続け、今日で、ほぼ一週間が経過しようとしていた。そして、いつものように今夜もトシヤの指示で祐太郎は、初回のテーブルに就いて接客をしていた。
すると突然、後ろから軽く肩を叩かれた。交代の合図である。
祐太郎は、対面する女性に交代を告げて席を離れると、トシヤがそばに駆け寄ってきた。
「ユウ、次はあのテーブルにヘルプで入れ。三上代表のお客さんと、最近ウチからアポロンに移籍した橘新之助のお客さんが、友達同士なんだ。今日は合番で来てるから、そこに入ってどんどん酒を飲ませてもらってくれ」
合番とは、それぞれ指名するホストを持つ二人以上の女性が、相席することを意味する。店側として、こうした常連客にはヘルプのホストが場を盛り上げ、大量に酒類を消費してもらうことは、売り上げアップにつながるため、多めにヘルプを付けることが珍しくない。
「了解です」
祐太郎は、そう言いながら、以前に奈々子から教えてもらったことを思い出していた。
「確か、奈々ちゃんの話しでは、後輩女優の栗原翔子を夜の世界に引き込んだのが、あの橘新之助だったな・・・、旗艦店のアポロンに移籍してたのか・・・。道理で、この店にいなかったわけだ」
そう心の中でつぶやくと、携帯電話をジャケットから取り出し、奈々子あてにメッセージを送信した。
(いま、お店に橘新之助が来てるよ)
ちょど送信が終わったタイミングで、トシヤが祐太郎にヘルプで入るよう指示を出した。
「失礼します。新人のユウです。よろしくお願いします」
祐太郎はそう言うと、ボックス席に並んで座る四人のうち、二人の女性に手書きの名刺を渡した。
「あら、カワイイじゃない。ユウちゃんね」
三上の隣に座る女性がそう言うと祐太郎は、ずかさず改めて挨拶をし、グラスの汗を、予め三角折りにしたおしぼりで拭き取った。
「三上代表には、いろいろ教わって勉強させてもらっています」
祐太郎の言葉に、三上の隣に座った女性が、ボトルで水割りを作って飲むように告げた。
「ありがとございます。では、いただきます」
そして祐太郎は、ボトルを傾けて、水割りを作る一方で、「橘先輩とも、初めてになりますね。よろしくお願いします」と言いながら、自分用の水割りを作り終わったところで、全員にグラスを当てながら乾杯した。
「ねえ、ユウくん、何か面白い一発芸やってよ」
橘の隣に座っている女性がそう言った。
「あらっ、ま~、わたしがイッパツ・ゲイだなんて、でもそうね~、今日は特別に、やっちゃおうかしら~」
祐太郎はオネエ言葉でそう言うと、股間を見つめて話しかけるように「いい?内緒でイッパツだけよ、頑張って」と言い終わったところで、「これが、いわゆる一発ゲイなのよね~」と、最後はニッコリしながら言った。
「ぷっ」
誰かが思わず噴き出したところで、ボックス席は笑いに溢れた。
「面白いじゃない、この子。じゃ、どんどん飲んでいいわよ」
橘の隣に座った女性がそう言うと、それぞれが他のヘルプも交えながら、談笑をはじめたのだった。
「いらっしゃいませ!」
祐太郎の背後で、ホストたちの大きな声が響いた。
マスクをつけて、上下ともにピンクのジャージを着た奈々子が、トシヤの誘導でボックス席に案内されると、ひとり静かに腰を下ろした。
他のホストが、ひざまづきながら初回のシステムを説明すると、そのまま丸椅子に座って水割りを作りはじめた。
奈々子は、ただ黙ったままで名刺を受け取ると、正面に座るホストのトークに、目を微笑ませながら頷くものの、その視線はずっと祐太郎の背中へと向けられている。
「ねえ、後でいいから、あのボックスで背中を向けているホスト、呼んでくれないかしら」
ホストたちは通常、お客様のプライベートなことは、一切自分から聞かないようにしている。
「ああ、ユウですね。いいですよ」
対面していたホストは、ただそう言って手を上げた。そして、この合図に反応した他のホストが、近くまで駆け寄って来ると、「ユウに交代でこちらに入るよう、トシヤさんに伝えてくれ、お客様のリクエストだ」と耳打ちしたのだった。
程なくして、祐太郎が奈々子の前に座った。
「やっぱり来たんだ」
「そうね、一度はホストクラブってところ、来てみたかったし、橘ってホストの顔も見たかったからね」
奈々子の言葉に、祐太郎は三上と橘をそれぞれ遠目で説明すると奈々子は、そのボックス席をそれとなく見つめた。
「あの子・・・、ほら、橘の隣に座っている女の子よ。以前、ある政治家の政治資金パーティーで見たことあるわ」
奈々子はそう言うと、数か月ほど前、まだ宮野との熱愛報道がされていない頃に、宮野から誘われて、そのパーティーに参加したことを話しはじめた。宮野はこの政治家からの依頼で、感染症対策としての時間短縮営業、いわゆる時短営業に協力している飲食店を応援するアプリを開発したそうである。それは、時短営業後の空き時間を使って、飲食店内で音楽やお笑いライブを開催するといった、アーティストとのマッチングアプリである。
そして宮野が、政治家の秘書らしき男性と耳打ちで会話してメモを渡した後、すぎさま若い女性に近づいて、同じようにメモを渡していた光景は、その怪しさから鮮明に奈々子の脳裏に焼き付いていた。そして、その若い女性こそが、いま橘の横に座っている女性客である。
「なるほど、そんなことがあったんだ。そうだ・・・、あの子、確か名前は、真由子だったなぁ。新之助さんを指名している常連だよ」
「じゃあ、その真由子って子も、後輩の翔子ちゃんと同じく、宮野が橘を使って喜び組にさせられたってことね」
「でも、栗原さんは、途中でその毒牙から逃げることができた・・・」
「そうね、翔子ちゃんは、ここにいる人達とは住む世界が違ってたからね。でも、あそこに座って楽しそうに笑ってる真由子さんは、この世界が心地いいのかも」
奈々子がそう言ったところで、トシヤが祐太郎の脇にひざまづき、あと十分後に、奈々子が利用していた初回システムの一時間半が終了することを告げた。
「じゃ、そろそろ・・・」
祐太郎が、奈々子に向かってそう言うと、奈々子は「延長します」と、その場にいたトシヤに即答した。
「かしこまりました。その場合、飲み直しといって、店内のホストを指名していただくことになりますが・・・」
「じゃ、ユウくんで。あっ、それとボトルキープしたいから、メニュー持ってきてくださる?」
「承知しました。しばらくお待ちください」
トシヤはそう言うと、カウンターへと戻って行った。
「じゃぁ、レミーにしようかな」
奈々子は、トシヤから渡されたドリンクメニューを見ながら、そう言った。
祐太郎の「それって・・・、二十万円以上もするんだけど。サービス料と消費税をあわせると三十万円・・・」という声にも、奈々子は臆することなく「うん、レミーでいいわ」と告げて、祐太郎にテーブルのオーダーシートへ注文を記載をさせた。
「以前に祐くんが言ってた、宮野の裏ビジネスを解くカギになるエッチな動画アプリ・・・、それって、指名されて担当になったホストだけが、お客さんへインストールさせることができるんでしょ?」
「そうだよ。担当になれば、説明書がもらえて、インストール用のQRコードが付与されるんだ」
「じゃ、私の担当だから、もらえるわね」
「そうか!そういうことか・・・」
祐太郎の反応に、奈々子は苦笑してマスクを外すと、手元のグラスを口元へ運んだ。その瞬間、店の中で誰かが向けてきた視線と、携帯電話で誰かが自分を撮影しているような動作を、奈々子は敏感に感じ取っていた。

六月に入ると、梅雨のシーズンが到来し始めたせいか、ここ最近は歌舞伎町でも雨の日が多くなっている。
祐太郎がホストとして働き始めて、すでに一ケ月が過ぎようとしていた。そしてホストをしながら、宮野の錬金術ともいえる、エスプリグループに提供しているアプリ事業について調べていた祐太郎は、その大まかな仕組みについて、なんとか掴むことができていた。だた、一部を除いてではあるが。
その錬金術のようなアプリは、ホストクラブに来る女性客の間で、エンジェルアプリと呼ばれていた。
まずは、ホストクラブ店内の女性用トイレに設置したディスプレイで、エンジエルアプリの魅力と機能を告知する。その内容は、エスプリグループ系列店で開催されるイベント情報や、上位売上ホストランキング、新人ホスト紹介の動画定期配信、さらには有料動画として、ショートドラマ風に作られた女性向けAVコンテンツである。また、担当ホストとメールやチャットが可能になる独自の通信機能も訴求する告知内容となっていた。
ただそれ以外に、祐太郎がホスト仲間からの話しで聞いているのみで、未だ実態を目の当たりにしていない会員サービスがふたつある。そして、そのふたつこそがエンジェルアプリの隠れた魅力であり、女性会員を増やす要因となっていたのだった。まず、そのサービスのひとつがパパ活支援システムである。
そもそも、エンジェルアプリは、特殊なプログラミングで作成されたQRコードから、ダウンロードすることができる。そして、そのQRコードは、ホスト毎に違うコードが付与されており、それが結果的にホストの副収入につながっているのだった。
担当ホストを指名している女性は、そのホストに依頼して、このアプリをダウンロードするのだが、その動機としては、女性トイレで放映されるオリジナルAVコンテンツも潜在欲求を満たすための魅力となっていたが、それ以上にパパ活支援システムが大きく影響していた。つまり、予め指定された人物に対してパパ活をすることで高額な報酬を得ることが可能なシステムだからである。ただ、ひとつ条件があり、それは、パパ活をするには、担当ホストの推薦があってはじめて可能になるという点である。なぜなら、宮野はもとよりエスプリグループにとっても、こうしたダークサイドなサービスが表沙汰になると、表のビジネスに影響が出ることから、秘密を守れる女性かどうかを担当ホストが見極めた上で、斡旋をしていたのである。
そして、ふたつ目の魅力について、である。
エンジェルアプリの有料動画は、ダウンロードすれば一ケ月間無料で見放題になるが、同時にある錬金システムに参加することが可能になる。アプリをダウンロードした後は、一ケ月の無料期間が終わる直前に、月々千九百八十円の料金で継続するかどうかのメッセージメールが届くが、もし、継続する場合は、支払い方法の選択や、クーリングオフの払い戻し用振込口座などをフォーマットに登録することでメンバー加入の手続きは完了する。そして、その後、ある特典がメッセージメールで告知される仕組みがあった。それこそが、ふたつ目の魅力、ネットワークビジネスである。
まず、エンジェルアプリの有料会員メンバーになると、自分がアプリを友人知人に紹介できる権限を有し、オリジナルのQRコードが自動的に付与される。そして、このQRコードには紹介元(自分)のデータが組み込まれており、エンジェルアプリを友人知人(甲)に紹介すれば、紹介元である自分には五百円の収入を得ることができる。そして、その友人知人(甲)が誰か(乙)に紹介すれば自分に三百円、さらにその誰か(乙)が誰か(丙)に紹介すれば、自分に二百円と、ねずみ算式に紹介料が銀行口座に振り込まれるという仕組みになっていた。ただ、無限に収入範囲が広がる通常のネットワークビジネスとは違い、収入対象となるのは、自分の友人知人(甲)をティアワンとすれば、ティアツー(乙)、ティアスリー(丙)までである。つまり、収入源は子、孫、ひ孫までの3世代までと、直系の稼働域が制限されているのだった。
この独自システムは、ある意味で、エンジェルアプリが、健全なネットワークビジネスであるという証左になっていた。なぜなら、ヒエラルキーの頂点や上層部にいる数人が手数料をボロ儲けすることが回避でき、宮野が経営する会社にとっても、その支払い負担が軽減できるからである。
ホストたちにとって、できるだけ多くの直系稼働域を横展開で増やすことはイコール指名客を増やすこととなり、女性客にとっても、このエンジェルアプリを拡散することは、既存のネットワークビジネスとは違った、ある意味で健全な副収入になる。多額ではないものの定期的な収入確保が約束され、従業員、さらには顧客にとってもベーシックインカムという福音になるこのエンジェルアプリ。エスプリグループの美月総代表が高く評価する大きな理由は、そこにあった。

「ユウ、ちょっと来てくれ」
深夜一時。ゼウスの営業が終了した後、代表の三上が祐太郎をボックス席に呼んだ。
「ユウ、来週月曜からアポロンへ移籍してもらうけど、いいか?」
「あっ、はい。大丈夫ですが・・・」
この一ケ月間、奈々子は週に最低でも二回は、祐太郎を指名してゼウスに顔を出していた。また、これまでに接客した初回の女性客のうち、三名が祐太郎を指名して担当となっている。その実績を踏まえて、今後さらにアポロンで頑張ってほしいという話しであった。
「じゃぁ、今週末がユウのラストになる。その日は、皆で盛り上げるからな」
「了解です。ありがとうございます」
「ああ、それと・・・、アポロンの美月総代表が、ユウのことに注目してるらしい。確か、近く広告宣伝車のアドトラックに、注目のニューフェイスというフレーズで、ユウの写真を載せるって言ってたぞ」
「えっ、それは・・・」
「どうした、何かマズイことでもあるのか?」
「い、いえ。大丈夫です。ありがとうございます」
祐太郎は、アドトラックが新宿の街並みを走ることで、メトロキャブの社員や、何より自分の父親である正一郎、そして相談役の長谷川の目に留まることを恐れていた。

そして一週間後、無事にゼウスでラストの勤務を終えた祐太郎は、歌舞伎町の中でも瀟洒な外観で有名なビルの五階にあるアポロンにいた。フロアの広さや豪華な雰囲気は、ゼウスとは格段の差がある。
アポロンでの勤務初日となる祐太郎を見るために、奈々子はここへ顔を出す予定であったが、(事務所から急な呼び出しがあって行けない。ゴメン)という奈々子からのメッセージが、夕方になって届いていた。
午後六時半の朝礼で美月総代表が祐太郎(ユウ)を紹介し、その朝礼が終了すると、以前にゼウスの三上と相番をするため、真由子と共に来店していたホストの橘新之助が声をかけてきた。
「どうだ、アポロンは。ゼウスと全然違うだろ?今日は、オレが担当する真由子が枝で友達を連れてくるから、ヘルプで入ってくれ。枝から指名もらえるかもしれないから、頼むよ」
「あっ、はい。ありがとうございます」
担当をしている女性が、友人を連れてきた場合、業界ではその友人のことを枝と呼んでいる。つまり、その枝から指名をもらうことができれば、枝は木の幹へと変化する。つまり自分が担当する顧客へと変化する意味である。
祐太郎も、今日が初日とあって、ゼウスで担当をしていた女性が数名来ることになっていたが、万一その女性客達と同じタイミングで、橘が担当する真由子とその友人が来たとしても、離席しながらハシゴ対応することで接客は可能である。
この日、アポロンでは、ユウの初日ということを理由に、多くのホストが自分の担当する女性にシャンパンを入れるように依頼したため、店内では、シャンパンコールの嵐となっていた。
「ユウ、悪いけど新之助さんの卓へ、ヘルプで入ってくれないか?」
祐太郎が、ボックス席で担当する女性客を隣にして、ヘルプたちを交えて談笑していると、つけ回しの内勤担当が耳打ちしてきた。
祐太郎は軽く頷いて、となりの女性に「ちょっとゴメン、新之助さんの卓に呼ばれちゃった」と話し、自分のグラスに敷いていたコースターをグラスの上に被せると、後はテーブルを挟んで向かい側にいるヘルプたちに任せて、席を離れた。
「失礼しま~す。ユウで~す」
「いらっしゃ~い。ユウちゃん、面白いオネエギャグ、やってやって~」
すでにほろ酔いの真由子が、はしゃいだように言った。
「もちろん!やってやるわ~。でもね・・・、ホントはさぁ、して欲しいのよ。あらっ、やだ。やっぱり、やりたいみたいだわ!ココが元気だもん」
祐太郎はそう言って、股間を見つめた。
「ワッハッハ」
一気にテーブル席は、笑いに包まれた。
「ユウくん、座って座って!今日はね、私の友だち達を連れてきたのよ。ユウくんに興味あるらしいから、彼女の隣に座っていいわよ。」
真由子の勧めで、祐太郎は友人の女性に名刺を渡しながら、その隣に座った。
「ユウです。よろしく」
「アキよ、はじめまして。真由子がね、ユウって面白いから、一度会ってみたらって」
「そうだったんだ。ありがとうね」
そして、アキは、ユウを指名すると、自分の名前でキープするボトルを、正面のヘルプへオーダーしたのだった。
ホール内には、新規でボトルキープが入ったことを告げる大きな声が響いている。
ヘルプにボトルの開封をまかせ、テーブルを囲む数人に水割りのグラスが行き渡ると、アキのまわりは更に賑やかさを増した。
「今日は、ほんとラッキー。たまたま仕事が休みだったの」
「へぇ~よかったじゃん。そんなオレも、ラッキーだよ」
祐太郎がそう言うと、アキは自分が銀座のクラブ、シルバーキャットでホステスをしていることや、隣にいる真由子が、以前に、たまたま参加したゴルフコンペで、オーナーママの芳野由紀子と知り合いになり、シルバーキャットで働くことになったことを話した。
「どこで人生が変わるか、わかんないね。だから、面白いのかな」
「なに急に、オジサンみたいなこと言って・・・」
アキはそう笑った後で真顔になると、さらに続けて言った。
「まあ、ある意味では、人生変えてくれるオジサンって、いるかもね」
「えっ?どういうこと?」
祐太郎の問いに、アキは、エンジェルアプリのダウンロードと、パパ活の推薦をしてくれるよう、依頼をしてきたのだった。
「了解。じゃあ、まずはこれでダウンロードしてもらっていい?」
そして祐太郎は、自分の携帯電話でQRコードの画面を見せた。
アキが、ダウンロードして会員登録をはじめると、祐太郎は自分のグラスの下に敷いていたコースターを、グラスの上に被せて、少し離席することを伝えた。
パパ活の推薦方法については、祐太郎はまだその方法を知らない。
アポロン店内のカウンターへ急いだ祐太郎は、内勤の男性にその仕組みを聞いた。
「ああ、その件ね。ちょっと待って」
内勤の男性は、そう言ってパソコンを操作すると、画面には、祐太郎のエンジェルネットワークが、どれだけ広がっているのかを示す展開図が現れた。
「うん、推薦人の資格は問題ないよ。ユウの下には横展開で六人、ティアワンからスリーまで含めると十五人以上の会費を払っているアクティブメンバーがいるからね」
そして内勤の男性は、自分の下にアクティブな会員が五人を越えて存在すると、パパ活推薦人の資格がエムケーフォースから与えられること、そして、ホストの仲介でパパ活を希望する女性客は、エムケーフォース担当者と直接面談をすることができ、さらにその女性が実際にパパ活をすれば、少額ではあるがホストにも謝礼が支払われることを説明した。
「じゃ、推薦する女の子の画像を、卓に座っている状態でいいから撮って、女の子の希望する名前と一緒にエンジェルアプリの通信機能でここに写メしてくれるかな。あと、このパパ活専用画面に入るためのパスワードは女の子に教えてといてね」
内勤の男性はそういうと、エンジェルアプリ内にあるパパ活専用画面のパスワードを祐太郎に教えた。その後は、女性客とエムケーフォース担当者が直接連絡をすることになるらしい。
「なるほど」
祐太郎は、『よくよくこんなシステムを考えて作ったもんだ・・・』と妙に納得した顔でいると、内勤の男性は、目の前に一枚の書類を差し出した。
「これ、一番下に日付とサインを書いてくれる?サインは源氏名と本名の両方で」
それは、エムケーフォースがパパ活を斡旋していることについて、口外してはならないことを書いた守秘義務の誓約書である。
「了解しました」
祐太郎はそう言ってサインをすると、先ほどから離席したままの女性客が待つテーブルに寄って少し会話をした後に、アキの待つテーブルへと戻っていった。

第七話 おわり


この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?