#73背の低いタンポポたち。
桜の見ごろは終わってしまいましたが、春はあちらこちらの家の庭で、色とりどりの花たちが咲きほこっています。チューリップ、ダリア、三色スミレ、水仙、スズラン。わたしがいつも歩く散歩コースには、道端にいろいろな種類の水仙も咲いていて、黄色と白の色合いが少しずつ異なっているので、見飽きることがありません。
同じ黄色の花ですが、もっと身近な存在がタンポポです。子どもの頃、登下校の途中や公園で遊んでいる時に、何度も見かけたタンポポたち。たまにぬきとって家に持ち帰り、小さな花瓶にさしていたこともありました。
「あら、こんなところに咲いたのねえ」
懐かしさがこみ上げてくるものの、なんだかちょっと昔とちがっている。背がとても低いのです。
「どうしてあなたたち、こんなに背が低くなってしまったの?」
環境の変化に応じて、タンポポの形まで変わってしまったのでしょうか。そんな時は家に帰って、さっそくおばさん探偵に早変わり。パチパチと軽快にパソコンをならして、たんぽぽの記事をチェックします。
「なになに、背の低いタンポポはセイヨウタンポポ(=以下セイヨウ)ですって?」
最近、家の近所で多く目にするようになってきた背の低い子たちは、どうやら外来種らしいのです。空き地や畑の脇など至るところに生えていて、花びらは外側が少し反り返るかたちをしているそうです。昔、わたしたちがよく見かけていた子たちはニホンタンポポといって、自然豊かな環境の中で育つタイプなのだそう。そちらは茎も長くて大きいし、花びらは上に向かって広がっています。
「なるほど、亀も外来種が増えてきているけど、タンポポもそうだったのね」
うちはクサガメという種類の亀を三匹飼っているので、わたしはほんの少しだけ亀には詳しいのです。外来種であるミドリガメ(ミシシッピアカミミガメ)が、飼育できなくなって野生に放たれたために、国内の亀たちの生態系もずいぶん変化したと聞いています。
では一体セイヨウタンポポがいつ頃から日本に増えていったのか。とさらに調査を進めて見ると、「ううむ」と唸りたいほどのシリアスな日本のタンポポ事情を知ってしまいました。日本は元々、タンポポの種類が豊富な環境で、在来種も15〜20種類ほどあるのだそうです。そして、明治時代には既にセイヨウが北海道(札幌)にも見つかっていたそうです(植物学者の牧野富太郎さんは、セイヨウが日本中に広がるだろうと今から100年前に既に予言していたそうです)。
亀と状況が大きく異なるのは、在来種のタンポポが減ってきた原因はセイヨウに取ってかわられたのではなく、都市化の為に里山の土壌が荒らされた影響だというのです。また両者は生存方法も全く異なっています。在来種の場合、受粉して種子を実らせることで繁殖するため、自分の花粉では種子が実らず、同種のタンポポの「群れ」と花粉を運んでくれる昆虫が必要となりますが、セイヨウの場合は、受粉せずに種子を実らせることができるため増殖に有利、且つ花粉も作るため、国内では1980年代からは雑種タンポポが増えているそうです。在来種にセイヨウの花粉がくっついて、雑種が出来るらしいのです。詳しい調査によると、セイヨウに見えるタンポポのうち85%が雑種であることが分かったそうです。
「ああ、知らなければ良かった。こんなこと考えずに、ただタンポポ可愛いと思って、眺めていられたら、その方が気が楽だったかも」
現実を知らない方が楽だったのにと思いたい気持ちがありながらも、こうして自分の身の回りのいろいろな生物が、時代の影響を受けながら必死に生きているのだということを、今日は心に刻んでおきたいと思ったのでした。
最後にタンポポつながりで、詩人の坂村真民さんのことを少し。母が真民さんの詩をとても好きで、ずいぶん前に詩集を買って送ってくれたことがありました。『念ずれば花ひらく』という詩集がとても有名です。真民さんが60歳の還暦の時に、「タンポポ魂」という詩を作られています。
人は身の回りのどんな生き物たちからも、常に学ぶことができる。それは人間に生まれたことの喜びの一つだということも、忘れないようにしたいと思います。
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