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「カツカレー」のような、しあわせな組み合わせの一冊:塙宣之『極私的プロ野球偏愛論 野球と漫才のしあわせな関係』(聞き手:長谷川晶一)



 この本が発売されるのを知った際、「こんな、俺が好きな要素だけで出来た本出るの!?」と思った。

 野球もお笑いも大好きな自分だし、著者も漫才の名手、ナイツ塙宣之と、野球ライターの大家、長谷川晶一である。好きなもの+好きなものという、言ってみれば「カツカレー」のような状態である。そして「カツカレー」と書いて、「千葉茂」を連想する(千葉が考案したという説があるのだ)野球好きにはぜひオススメしたい一冊に仕上がっている。

 野球好きのお笑い芸人は少なくないが、ネタに反映させている度合いは、現代ではナイツが一番ではないか。「10ゲーム、10ゲーム、後藤(孝志)の振り逃げ……」と続けていく『野球寿限無』をはじめ、多くのネタに塙の「野球愛」がこれでもか発揮されている。


各章解説

第1章:塙の「極私的ジャイアンツ論」

 まずは塙本人の「野球愛」の核となる、「ジャイアンツ愛」の部分から。
 1978年うまれの塙が、いかに球界の盟主たる球団を愛するようになったかを、80年代〜現在にいたるまでの巨人のあゆみと共に語っていく。塙が巨人ファンなのは有名な話であるが、はじめて兄たち(次男はベースギター漫談で知られるはなわ。二人にさらに上の兄がいる)と後楽園へ行った日の話や、「モスビー」というあだながあった中学時代などを掘り下げていく。こうした「なんとなくは知っている話」を、さらに掘り下げられるのも、タレント本の魅力である。

 また「巨人軍論」には欠かせない、いかに「アンチへの反論」も、飄々としつつも確信をつく、漫才と同じスタイルで論を展開していく。


第2章:野球と漫才のしあわせな関係

 この章では、「あの芸人は、野球選手でいえば○○だ」というのを、BIG3から第七世代まで、片っ端から例えていく。おそらく野球好きなら誰もが一度はやったことがあると思うが、ここまで徹底的にやった人はそうそういないはず。プロ野球というイメージを加えると、またお笑いを見る目も変わってくる。「野村克也=ビートたけし」説に大いに納得させられた。

 この章を読んでからというもの、テレビでお笑い芸人を見ては、「野球選手でいえば……」と思うようになってしまった。少し前にも「『お笑い界の新井貴浩』は彼かも……」というのが脳裏によぎった。…………ZAZYに。


第3章:僕と野球と、漫才と

 1・2章は「プロ野球」に重きをおいて話していた塙が、一歩引いて、「野球」や「野球部を含めた体育会」というテーマを考えていく。塙は「野球芸人」ではあるが、一方で『アメトーーク!』では「運動神経悪い芸人」に出演したこともある、むしろ「体育会系」とは正反対の位置にいる。

 「体育会系」になじめず、スポーツそのものを全部嫌いになってしまう人も多い。だがこうして野球本を上梓するほどの塙ですら、少年野球を早々に挫折したことも本章で、書かれている。プレーするばかりが野球の面白さではないことを、塙はこの本で証明しているのである。


第4章:「塙的ベストナイン」を作ってみたらこうなった!

 セ・パ12球団+大阪近鉄に、塙が独断と偏見で、ベストナインを選出するコーナー。こちらも第2章と同じく、数球団ならやったことのあるマニアもいるだろうが、全球団となると、なかなか大がかりである。

 この章の「選出」のインタビューも、まさに漫才の掛け合いそのもの。いつか全球団の漫才を見てみたい。


第5章:芸人版東京ダービー 巨人・塙宣之 VS ヤクルト 出川哲朗

 燕党かつマセキ芸能社の先輩で、「スワローズ」ならぬ「テツローズ」という草野球チームを持つ、出川哲朗との対談。出版当時(21年12月)、タイムリーだった「中田翔事件移籍問題」をお互いの立場から論じたり、同じ東京の球団の「性格」の違いをゆるやかに分析していく。

 余談になるが、「Swallows CREW」(球団公式ファンクラブ)の初代名誉会員も出川哲朗である。2代目は村上春樹、3代目はさだまさし。この順番ヤバいよ! 


特別企画1:書き下ろし野球漫才  #1「クイズ」 #2「大谷翔平」

 漫才師の著書ということで、本業である漫才も収録。塙・土屋伸之両名のボケとツッコミが演劇の台本のように書かれている。こうした「漫才台本」の形の本は、爆笑問題をのぞくとあまり読んだことがないのだが、この2作はスッと読むことができた。

 時事ネタであるので、何年か後に読み返して、どのあたりに懐かしさを感じるかも楽しみである。


特別企画2:塙 宣之が完全監修! 漫才協会所属「おもしろ芸人選手名鑑」

 漫才協会所属芸人を、選手名鑑のあの寸評が添えられた書式にあてはめて、紹介していく。登場する57名全員に、第2章に出てきた「野球選手で例えると」も補足されているので、そこまで漫才協会に詳しくない自分にも、「こんな芸人なんだろうか」と想像しながら楽しむことが出来た。選手名鑑で新人や新外国人選手の活躍に思いをはせる気持ちで、漫才協会というものを知ることが出来るのである。

 ちなみに昨年冬に浅草東洋館に足を運んだ際、劇場ロビーに、この「名鑑」が一部貼ってあった。


まとめ

 選手以下、指導者や評論家、小説家など、さまざまなプロフェッショナルの人物が野球の本を書いているが、この本は「漫才のプロ」による野球本という、すこし異色の一冊である。

 「あの手この手」で、野球というスポーツの面白さを切り取り、かみ砕いていくことにより、他の野球本にはない視点を教えてくれる本だった。


 古くは横山エンタツ・花菱アチャコが『早慶戦』を得意ネタとし、アメリカではアボット・アンド・コステロも野球ネタをしていたという。野球もお笑いも大好きな自分としては、これからもそうした、野球と漫才の「しあわせ」な関係が続いていってほしいと、心から願うばかりだ。


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