お天気雨、母のカーディガン
私が四歳の時は、ひとつ年下の妹はまだ入園前だから、幼稚園のお迎えにはいつも母と妹、二人でやってくる。
物心ついて二十四時間、そばにいるのが当たり前だった小さな妹は、数時間ぶりに会えば、さらに愛らしい。
でも、今日の園の玄関には、母の姿しかなくて。
「まりちゃんは?」
「パパお昼のあと帰ってきたから、一緒におうち」
そう言うと、母は白いカーディガンを脱いで、私の頭の上からかぶせきゅっと手で包む。ふわっと母の匂い。
「そっか」
空は明るい。朝、家を出たときには無かった薄い雨雲が、遠慮がちに佇んでいる。ああ、ちょっと寄っただけでもうすぐあっちの方に行きますんでね、と言いたげに、でも名残を惜しんで、小さな雨粒をパラッと投げて寄越す。
「雨降ってたけど、もう止むね。お天気雨。」
母のモヘアのカーディガン。ローゲージの白い編み目に花の刺繍は黄緑と水色とピンク。雨降りの日のあじさいと同じ色の花たち。
カーディガンの編み目の隙間から空を覗くと、モヘアの細い繊維に陽の光がふわふわ舞う。すうっと大きく息と一緒に母の匂いを吸い込んで、歩く。
家までは、母のカーディガンが包むのは、私ひとり。
「きつねのよめいり」
帰ったら、いつもみたいに、妹と遊ぶんだ。
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