見出し画像

【連載小説】ケモ耳っ娘になったからにはホントはモフられたい[#143]108 それぞれの想い

ケモ耳っ娘になったからにはホントはモフられたい~前世はSランク冒険者だったのでこっそり無双します~

108 それぞれの想い

◆登場人物紹介(既出のみ)
・リリアン…前世の記憶を持つ、黒毛の狼獣人の少女。転移魔法や姿を変える魔法を使う事が出来る。
・デニス…Sランクの先輩冒険者。リリアンに好意を抱いている。
・シアン…前・魔王討伐隊の一人で、Sランク冒険者(実力はSSランク)。デニスの兄貴分。ずっとアシュリーに想いを寄せていた。
・アラン…デニスの後輩の冒険者。騎士団に所属しながら、ニールの「冒険者の先生」をしている。
・ニール(ニコラス)…前『英雄』クリストファーの息子で、現国王の甥。正体を隠して冒険者をしている。
・ミリア…『樫の木亭』の給仕(ウエイトレス)をしている狐獣人の少女。デニス、シアンを兄の様に慕っている。

・ケヴィン…人間の国シルディスの先代の王で、ウォレスの祖父。2代前の『英雄』でもある。
・ウォレス…シルディス国の第二王子で、金髪、碧玉(ブルーサファイア)の瞳を持つ美青年。自信家で女好き
・ドリー…自称「人ではない、ゴーレムのようなもの」。獣人の神ギヴリスの助手

=================

 本当はもう少し朝早く起きたいが、身に付いた習慣はなかなか変えられない。
 俺の起きる時間も決して遅くはないはずだ。あの二人が早過ぎるんだ。一番鶏より早いんじゃないのかと思う。

 いつもの様に朝の公園に行き、とっくにトレーニングを始めているリリアンとシアンさんに朝の挨拶をする。いつもの様に明るい笑顔で返事をするリリアンの狼の耳がピクリと動いた。
 その様子が可愛くて、つい手を伸ばした。

 艶のある長い黒髪を撫でると、リリアンは恥ずかしそうに嬉しそうに薄く微笑んだ。
 撫でる手が当たる度に彼女の耳がピクピクと震える。しかも尻尾は全開でぶんぶんと振れている。
 本当に嬉しいのだろう。そんなリリアンを見ていると、それだけでなんだかニヤけてくる。

 それを見たシアンさんも、俺の手を押しのけて彼女の頭に手を乗せた。
「おい! おっさん、何するんだよ!」
 俺の言葉を完全に無視して頭を撫でるシアンさんにも、リリアンは嬉しそうに微笑んで尾を振った。

 俺が以前から、こんな風に後輩の頭を撫でていたのは、幼かった自分がアシュリーさんに頭を撫でてもらえた事が嬉しかったからだ。
 今、こうして俺たちが頭を撫でているリリアンが……実はそのアシュリーさんの生まれ変わりだってのが、なんだか不思議な気分だ。

 俺の記憶にあるアシュリーさんが、リリアンの様にめいっぱい笑うところは見た事がないし、そんな風に笑うような人とも思えなかった。
 いいや。でもそれは俺が大人のアシュリーさんしか知らないからだろう。きっとアシュリーさんの少女時代は……リリアンみたいに愛らしい少女だったのだろうな。

 * * *

 今日は王城で、討伐隊としての勉強会に付き添っている。
 先日の試合の結果、ニコラス様が『英雄』を務める事が決まり、『サポーター』はウォレス様が務める事になった。

 その話を聞いた副団長からは、残念だったなとなぐさめられた。
 今までの通例では、王族の『英雄』に付く『サポーター』は騎士が務めている。ニコラス様が『英雄』になれば『サポーター』には私がなるのだと、そう思われたのだろう。

 私は別にサポーターになりたくてニコラス様に付いていた訳ではない。
 尊敬するクリストファー様とアレクサンドラ様のご子息に、たかが商家の三男坊の自分が教育係を務めさせていただける、それだけでもう十分な栄誉だと思っていた。

 リリアンさんに私にも特訓をつけてほしいと願ったのも、今度の闘技大会に出ようとしているのも、もっと実力をつけてさらにその成果を見てみたいからだ。『サポーター』になりたいからではない。

 そのはずなのだが…… 正直なところ、1年以上一緒に過ごして来たニールに、良く分からない感情を持っている。
 元々、彼が成人するまでの教育係だったのだ。もう私の役目は彼の元にはない。
 それなのに、このまま彼と離れるのが寂しいような…… もし『サポーター』になれれば……

 複雑な気持ちを振り払おうと、顔を上げ前方に視線をやった。
 この勉強会の教壇に立つのは、歴史学の教師とケヴィン様、そしてシアン様もその横に付いている。

 今までは新たな討伐隊が組まれても、それ以前の討伐隊の経験を伝えられる事はなかったのだそうだ。不思議な話だ。何故、過去の経験を次に生かそうとしなかったのだろうか。
 今回は、先の討伐隊メンバーの一人であるシアン様が、顧問役として討伐隊に同行する事になった。

 今は代々の討伐隊の任務について語られている。その話を座って聞いているウォレス様が、薄くあくびをしたのが目に入った。

 旅の最中に、ニコラス様とウォレス様が喧嘩けんかなどしなければいいのだが……
 この事は後で誰かに頼んでおいた方が良いかもしれないな。そう思いながら、そっと息を長く吐き出した。

 * * *

 勉強会が終わると、シアンさんは俺に軽く手を上げて、そのまま爺様の後について部屋を出ていってしまった。

 やっぱりシアンさんには、先日の試合の時にバレてたんだな。今までうまく隠し通せていたのに。まさかあの場にシアンさんが居るとは思わなかった。
 まあ確かに、シアンさんが何度か王城に呼ばれていたのは知っていた。だから、よくよく考えれば、それが討伐隊の用事なんだろうとわかっただろう。
 だとすれば、あそこに居る事になんの不思議もなかったんだ。

 アランはシアンさんが居るのを見ても、全く驚きもしていなかった。きっとシアンさんが来るのを知ってたんだろう。
 意地が悪いよな。俺にも教えてくれれば良かったのに。

 あの後も、いつものように『樫の木亭』に行った。
 シアンさんはもう先に来ていたけれど、皆には何も言わないでいてくれた。多分、俺が内緒にしている事を悟って、気を使ってくれたんだろう。

 『英雄』になれたんだって、皆に自慢したい気持ちは、ちょっとある。でもそれを言うって事は俺が王家の人間だって言う事だ。
 『樫の木亭』の皆はそれを知っても、きっと変わらぬように接してくれると思う……けど、少しだけ怖い気持ちもある。

 闘技大会が終われば、自然に知られてしまう事だ。だからそれまではもう少し、このままで居てもいいよな。

 * * *

 転移の魔法で研究所に跳んだ。
 ここにはあれから何度か来ている。来た理由の多くは、図書室の本や記録書などを読む為だ。
 でも今日ここに来たのは本を読む為ではない。

「記憶を、戻したいのです」
 そう、ドリーさんに告げた。

「そうですか」
 ドリーさんは表情も変えずに淡々と応えた。

「以前も言いましたが、情報レベル5、4の記憶域については主のロックがかかっていますので、こちらでも解除はできません。レベル3の記憶域に対してのみ、こちらでも解除はできます。ただしロックをかけているのは貴女あなた自身なので、ご自身でも解除は可能なはずですが」

「でも私が望んでいるはずなのに、ロックが解けていない気がするんです」

「それならば、自然にロックが解けるのを待った方が良いでしょう。無理に解除するのはお勧めしません」
「でも…… 思い出したい事があるんです。私には、何故覚えていないのかもわからない」

「その部分の記憶だけというのは難しいです。貴女のプライベートに関わる事なので、私どもから見る事は出来ないようになっているのです」

 ドリーさんの言葉にひとつ、引っかかったところがあった。
「私どもって事は、ドリーさんだけではないという事ですよね」
「はい」

「王都の大教会の奥でサティさんに会いました。彼女も記憶の操作ができるんですね」

「サテライトが持って行った機材はスペックの良いものではありませんので、貴女方に使う事はできないでしょう。せいぜい人間に使えるくらいです」
「せいぜい……? 獣人と人間だとそんなに違うんですか?」

「違いますね。人間と、獣人やエルフやドワーフ、そして貴女方は根本から違う」

 ……ドリーさんの言葉に、薄々と感じていた事が正しい事を悟った。

 * * *

 気付くと、いつの間に奥の席にいつもの皆が揃っていた。私が裏で洗い物をしている間にでも、店に来ていたのだろう。
 
 明日の闘技大会には、デニスさんとアランさんだけでなく、リリちゃんも出場するのだそうだ。
 二人はともかく、リリちゃんまでというのには驚いた。まだ冒険者になって1年も経っていないのに、どうやってAランクにまで上がったのかしら。

 でもその前……Cランクにまで上がったのもかなり早かったものね。
 多分先日までの長い旅の間に、色んな経験値を貯め込んできたんだろう。なんてったって、シアンさんとデニスさんが一緒だったんだし。

 そんな事を考えて、皆と話しているリリちゃんを見ていると、視線がすーっとその向こうに座っているニールくんの横顔に引き寄せられた。

 あの日まで、彼がクリストファー様のご子息だとは、全く気が付かなかった。
 そう思って見れば、確かにどことなくあの人を思わせる面差しをしている。
 でも、ニールくんってクリストファー様のような落ち着いた雰囲気は全く無いんだもの。気付かなくても仕方ないわよね。それに瞳の色はアレクサンドラ様譲りで……

 途端に、私を不安げに覗き込んでいた彼の翠玉すいぎょくの瞳と、あの日の言葉が思い出される。なんだか気恥ずかしくなって、急いでニールくんから目をらせた。

 全く…… あんな事、女の子にポンポンと言うもんじゃないわ。まるで口説かれたように…… 思えちゃったじゃない。
 きっと、あの言葉が私にはどんなふうに聞こえてたかなんて、彼は想像もしていないだろう。

 ニールくんは本当は王族の一人なんだから、私みたいな獣人を本気で相手にするなんてできやしないんだわ。
 それに、私は強い人が好きなんだから。
 デニスさんや、シアンさんの様に強い人。そしてクリストファー様の様に温かくて優しい人。

 あんな風に、私を助けてくれる……

 * * *

 なんだかリリアンの元気がないみたいだ。
 朝は普通だったはずだ。昼に獣人の国に出掛けてくると言って出て行って。あっちで何かあったんだろうか。

 表向きはいつも通りだ。よく話し、よく食べて、そして良く笑う。
 でも楽しそうに笑っていても、ほんの、本当にほんの少しだけ、耳が垂れていた。

 皆と話しながらも、理由を作ってリリアンの頭を撫でる。
 でも朝のように嬉しそうに笑ってみせていても、リリアンの尻尾は一瞬揺れるだけで止まり、それ以上に揺れる事はなかった。

 夕飯を済ませて家に帰ると、いつもなら一番手で風呂を使うリリアンが、デニスに先を譲った。
 どうせいつも俺は最後だからと、2階にあがろうとするところをリリアンに呼び止められた。

「シア」
 リリアンが俺の名を呼ぶ時は『さん』付けで呼ぶ。
 『さん』を付けないのは、アッシュとして呼ぶ時だ。
 なんだか嫌な予感がして振り返った。

「お前と出会った時の事を、思い出した」

 それを聞いて、心が止まった。
 なんでだ……? あんな事、思い出さなくても良かったのに。あんな酷い……

「私はけがれている」
 彼女はそう言って、目を伏せた。

=================

(メモ)
 デニス→アラン→ニール→リリアン→ミリア→シアン
 過去の経験(#79)
 研究所、記憶のロック(#28)
 サティ(#64)
 翠玉の瞳(#93)
 あの日(#94)
 獣人を相手にできない(#82)
 出会った時(Ep.12)
 (#95)
 (Ep.18)


PREV ■ ■ ■ ■ ■ NEXT


<第1話はこちらから>


応援よろしくお願いいたします!!(*´▽`)